〜死闘の果てに〜

「ゴホッ……うぅ」

 聖域の石畳の上で血を流し横たわるフィアレス。どうやらリルフィの攻撃を受けた後、転送で俺の攻撃の直撃は免れたようだが傷は決して浅くなかったようだ。

 だが、獄王としての力を全て受け継いだ者は胸を貫かれても時間の経過で回復する。俺がこの世界の完全なる平和を手に入れる為には、今此処でフィアレスの命を断たなければならない。

 俺は、先程の戦いで消耗し今にも折れそうなオリハルコンの剣を、奴の喉に突きつけた。

「サタンはこれで終わりだな」

「……君の娘にやられたよ。そんな歳で……『光』まで使うとはね」

 神と獄王……。エファロードとエファサタンがこの星に誕生して65億年……。永遠に近い程の長き歴史が、俺の一振りで幕を閉じる。

 何故かそう思うと、俺の目から止め処無く涙が溢れた。孤独な神と獄王……。互いに競い合い、戦い、認め合った唯一の存在。

 光と闇、相反する者が存在する事で自分の存在を確認出来た。自分が何を一番大切にすべきかは理解している。その為には、俺がここで剣を振るわなければならない事も。だが……どうしても、腕を動かす事が出来ないのだ!

「ゲホッ!君は甘いね……。僕を殺すには今しかないんだよ」

「わかってる!すまない!」

 俺は目を瞑り、剣を強く握り締めた!血が滲む程強く!これで終わりだ。

「ルナさん止めて!」

「パパ待って!」

 二人の叫びが俺の決意を凍らせる。何故だ?

「ルナさんは戦いに勝った。でも、殺さなくても、他に方法がある筈よ!」

「パパ……獄王を殺せば、獄界の魔は怒り……必ず報復に来る。そうなれば、もっともっと多くの血が流れる事になるわ!人間、魔のどちらかが滅びる事になるかもしれない!」

 そうか……。

 俺は神の血を引く者として、また、この世界の守護者として敵であるフィアレスを殺す選択しか見えていなかった。冷静にならなければ……

 最良の方法は、フィアレスを生かして人間界の不可侵を約束させる事なんだ。獄界は統治者を失えば迷走する。

「……はは、君達は本当に甘いよ。僕は人間界を奪いに来たというのに」

 嘲笑しながらもフィアレスは口元から血を噴き出す……

「お前は殺さない。だから、人間界への侵攻を今後一切行わないと今此処で誓え」

 俺は再び剣を握る力を強めた。

「……断る。それを認めれば、僕は僕としての存在意味を失う。即ち、獄王だけでなく獄界全ての敗北を認めるという事になるからだ。だから、君が取るべき一番賢明な方法は僕をこの場で抹殺する事なんだ。解るだろ?」

 その通りだ。神と獄王の意思が薄弱なら、否、柔軟だったら長きに渡って争う事も無かった筈だ。

 しかし、リルフィの言う事も正しい……。憎しみからは憎しみしか生まれず、それによって数え切れない犠牲が払われる事だろう。

 最良の選択は……

 

「自分自身と獄界の敗北を認める事が、死よりも難しい事ならば……お前が納得出来る形で出直して来い。次の戦いでは互いの『界』が万全の態勢で臨み、敗者が勝者に従う。それならば、勝敗は神と獄王の独断に委ねられる事は無くなり、真に強き者が証明されるだろう」

 

 此処でフィアレスを殺しても殺さなくても、全面戦争は避けられない。奴の固い意思を秘めた目を見ると、それを確信せざるを得なかった。

 フィアレスを殺せば、獄界は激しい憎しみで人間界を襲うだろう。全ての魔が自分の命すら顧みない程の力を発揮すれば、俺が張った結界は破られる。そんな中で人間界を守る為には、魔を殲滅するしか無いのは明らかだ。

 だがフィアレスを生かした場合、トップであるフィアレスを魔の目の前で倒し、人間達が魔に対して優勢である事を認識させれば、敗北を認めさせる事が出来る。

 

「……いいだろう。今日から丁度『半年後』、僕は精鋭を連れて再び現れる。ゴホッ……僕に止めを刺さなかった事……必ず後悔させてやる!」

 

 胸を貫かれ、一振りで自分を殺す事が出来る刃を眼前にしても、気高き信念が刻まれた表情は変わらない。

 

「半年後、俺は今度こそお前の信念を砕く!」

「次に会う時こそが、真なるエファサタン誕生の日だ!」

 

 その叫びと共に、フィアレスは獄界へと戻った。

 

 

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