〜時に包まれて〜

 翌朝、私とリバレスは兄さんの元を訪れた。これから先の事を話す為に……

「おはようルナ!今日は何だか浮かない顔じゃないか?」

 兄さんは何でもお見通しだな。私は、伝えたい事を単刀直入に伝える事にした。

「兄さん、私は200年間……眠りに就かなければなりません!」

 俯いていた私は目を見開き、真剣な眼差しで兄さんを見据えた。

「ルナー!どうしたのー!?200年間、ハルメスさんと一緒に魔と戦うんじゃないのー?」

 リバレスが驚き顔で私を見つめて叫ぶ。それもその筈だ……この事は、リバレスにさえ話していないのだから。

「……力の反動か。お前は、エファロード第4段階に踏み込んだ。そして、獄界で限界まで力を酷使した。当然の結果だろうな……エファロードの強大な力を使い続けると命の消耗も激しい。ま、心配するな!200年ぐらいなら俺一人で何とかするから!」

 兄さんは笑顔で私の肩を叩いてくれた。私はそんな兄を持って幸せだ……

 私は、人間界と獄界で力を使い過ぎた。最終的には獄王の影も倒す程の力を……堕天した最初の頃の数万倍の力を急速に解放したんだ。その反動で正直、私の体と精神力は疲労の限界となっている。今もし、私が第4段階の力を使えば間違いなく死ぬだろう。だから、眠りについて体を休めなければならない。本当は、1000年ぐらいは眠らないと完治しないだろうが……

「本当にごめんなさい!せっかく、兄さんと一緒に戦えると思っていたのに……こんな所で!」

 本当に、ずっと戦いたかった。出来れば、フィーネが転生する頃までには平和な世界にしたい!

 でも、限界なんだ。体を休めなければ死に至る。だから、次に目覚めた時には、今度こそ平和を手に入れる!

「気にするなって!でも、フィーネさんが転生する頃には起きてこいよ!」

 兄さんは、尚も力強く微笑む。本当に、この人には勝てないな。

「はい!200年……お願いします!でも、もし転生が早まればその時はお任せします!」

 私は深く頭を下げた。今の私が出来るのはこんな事ぐらいだ。

「ああ、お前が目覚めるより前にフィーネさんが転生したら、俺が守っておいてやる。約束だ!」

 言葉も無い。私には、これ以上の願いなんて無い。

「ありがとうございます」

 私は、嬉しくて涙を流した。その様子を見ていたリバレスも、つられて泣き出す。

「俺達は……この星……『シェファ』が始まって以来、初めての『二人のエファロード』……助け合って当然だろ?」

 

 そうだ……私達は、『二人のエファロード』。今まで、数10億年間……神は常に一人しか子を創ってこなかった。

 神の子……エファロードは、ほとんどが神と同じように創られる。それに、母親を必要としない。神は単独で子を創るからだ。なのに、私達『二人のエファロード』は『愛』を命題とされ……女性を愛する事が出来る。愛する人の為に命を懸ける。神は何故……私達のようなエファロードを生み出したのだろう?何故……二人の子が必要だったのだろう?

 

「はい、でも、私達が二人いる事には何らかの強い意味があると思います。きっと、生まれる前から決められていた『使命』……そんなものがあるのでしょう……それでも、私にはフィーネという愛する人がいて……ハルメスという兄がいるだけで満足です」

 私は正直な今の気持ちをハルメス兄さんに伝えた。すると、兄さんは嬉しそうに笑い出した。

「はははっ!やっぱり、お前は俺の弟だよ。その通りだ、エファロードの意味や使命なんて関係ない!俺達は、自分の信じる物……そして愛する者の為に全てを懸ける。200年後、期待してるからな!」

 兄さんは笑う。力強く……そして強い心を持って。

「はい!200年後には必ず……誰もが、平和で幸せになれる世界にしましょう!」

 私は、そう叫ぶと同時に前のめりに倒れそうになってしまった。それを兄さんが支える。もう、体力の限界のようだ……

「約束だぜ!今から、お前を安全な場所へ『転送』させる。リバレス君はどうするんだ?」

 兄さんはリバレスにそう訊いた。私は、リバレスの選択がどちらでも構わない。私と離れたくないならそれでもいいし、200年間兄さんと共に待っていてくれてもいい。でも、彼女の選択は私の思った通りだった。

「わたしはー……ルナと一緒に眠ります」

 こうして、私達は『眠りの祠』に転送される事になった。その祠は兄さんが作ったもので、強力な結界が張られている上に周りからは何も見えない。フィグリルの街から東へ100km地点に浮かぶ小さな島……その中に『眠りの祠』はある。

 

「200年後、『心』を信じて戦おう!たとえ……この身が朽ち果てようとも!待ってるぜ……弟であるルナよ!」

 

 それは兄さんが、眠る前に伝えてくれた最後の言葉だった。『この身が朽ち果てようと』は、少し大げさな気がしたが心強かった。祠には、ESGと保存食が完備されていた。食べ物一つ一つに『停止』の神術が施されており、腐る事はない。

 私とリバレスは食べきれないぐらいの食糧を摂取した。200年間もの間眠って体を休める為には、特別な神術を要する。

「それはそうとルナー、今から200年間眠ったらわたしの年は倍近くになっちゃうわよー!」

 さあ眠ろうという時になって、リバレスはそう言ってショックを受けていた。

「心配するなよ。体の老化はほとんど進まないから。でも、200年後だから私は2026歳。お前は424歳だな」

 私はそう言って、リバレスの頭をポンポンと叩いた。

「ガーン!424歳……ルナにとって200年って小さいけど、わたしにしたら深刻なのよねー」

 リバレスは大げさに頭を垂れた。天使の寿命は約10000年、天翼獣は約3000年程度だからだ。

 そしてエファロードは……長くて30〜50万年は生きる。それだけ長生きする事は……幸福ではなく孤独だろう。

「私はもう、この神術を使ったら動けない。準備はいいか?」

 時が迫っていた。もうこれ以上伸ばすと、神術は発動出来ない。私は、神術を使う為に力を解放した。銀の髪、真紅の瞳、光の翼も発現する。

「相変わらず強引ねー……準備はオッケーでーす!おやすみなさーい!」

 リバレスが笑顔で私の肩の上に乗った。

「禁断神術……『光包』!」

 術が発動した瞬間、柔らかい光に体が包まれる。この光は、S.U.Nからエネルギーを吸収して私達の体を癒してくれる。祠の祭壇……そこに、光の毛布は完成した。勿論、この場所は結界越しにS.U.Nの光も取り入れられる。

「おやすみ、リバレス。そして……フィーネ」

『光包』は……精神も包み込む。もう目を開ける事も体を動かす事も出来ない。リバレスはもう眠ってしまった。

 

 一体……200年後の世界はどう変化しているんだろう。

 

 フィーネ、転生しても……約束通り……永遠の心……
持っていてくれよ……

 

 フィーネ、リバレス、兄さん、そして、人間界よ……
おやすみ……

 

 意識は……暖かい光の中に吸い込まれていった。

 

 

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