〜50年後『天界』〜

「只今を持ちまして、獄界との和平策である『新生・中界計画』の実行責任者及び実行日時が決定されました!」

 天界の神殿……その屋上でそう叫んだのは、死を司る間の司官『ノレッジ』だった。

 この日は、天使ルナリートが堕天してから丁度50年と半年経った日だった。現在天界は神官ハーツの権力が無くなり、3人の天使が協力して司官を務めている。力の司官『セルファス』、神術と命の司官『ジュディア』、そして死の司官『ノレッジ』である。もしルナリートが天界にいたままだったならば、彼らを纏めていたのは間違いなくルナリートだっただろう。

 しかし、歴史は不可逆で失われたものは戻らない。

「『新生・中界計画』の責任者は、私達3人の司官。そして、その最高責任者は『神』であるシェドロット様です!」

 翼の半分が欠け肩に痛々しい傷跡が残る美しい天使、司官となったジュディアはノレッジに続けて声を張り上げた。

「実行日時は、今から丁度150年後の日。午前0時より実行されます!」

 ジュディアの肩の傷を庇うように優しく擦る天使、セルファスが声を続けた。セルファスとジュディアは、現在では結婚している。50年前に、大怪我をして天界に帰ってきたジュディアをセルファスが必死に看病したのが二人の関係の始まりだった。ジュディアの心は長い間閉ざされていたが、序々にセルファスの優しさと力強さに惹かれていったようである。

 また、ルナリート不在のノレッジは全ての学力テストで天界1の頭脳を発揮していった。そんな彼らが司官に就いたのは偶然ではない。50年前に天界を変えた英雄天使ルナリートの仲間だったからだ。

「かつての英雄ルナリートは……下賤な人間と恋に落ちた挙句、司官ジュディアに致命傷まで与えました。ルナリート、及びハルメス……二人のエファロードはもはや私達の仲間ではありません!私達の神は唯一人、シェドロット様です!共に戦いましょう!」

 ノレッジは一際大きな声を張り上げた。すると、観衆である天使達から拍手が沸く……

 そうだ、一般の天使には人間界や人間の意味など知らされてはいない。彼らにとって人間は、獄界との争いの火種……そして、塵のような存在に過ぎないのだ。だからこそ……『計画』は実行される。血も涙もない『恐ろしい計画』が……

 

『計画』はシェドロットの最後の責務……そして、獄界と
天界との間に平和をもたらすもの……

 だが、それが実行される時……『愛』を命題に生まれた
二人のエファロードは、熾烈な運命と戦う事になる。

 

 

〜100年後『人間界』〜

「……本当に、ルナの奴は目覚める気配がないな。やはり獄界での戦いで費やした力は並大抵じゃなかったんだろう。それにしても、俺がフィグリル皇国の皇帝になった事を知れば驚くだろうな」

 フィグリル皇国皇帝のハルメスは、皇座に座り一人呟いた。この100年間、人間界の進歩は目まぐるしい。産業は発達し、街は整備されていく。人口も100年前の数倍に膨れ上がった。それを支えたのが、皇帝ハルメスの力と強力な武器を作り出した人間の科学力だ。人間は、強大化する魔の力に対抗するべく数々の武器を生み出してきた。魔の固い装甲をも破る、爆薬を応用した『銃』や『大砲』。また、火薬の精度や威力も向上しており『爆弾』は生命力数千程度の中級魔にもダメージを与える事が出来る。人間は武器を取り、協力して魔と戦ってきた。

 しかし、持て余す力は自らの崩壊を招く。10年前くらいから、支配欲を持った人間が台頭してきたのだ。そんな人間が『リウォル王国』を作った。リウォル王国は、過剰なまでの武器を作り出し魔と戦うだけでは飽き足らず、人間界を統一国家で支配するために動いているのだ。リウォルはフィグリルを攻撃する。皇帝ハルメスの存在を消す為に……

「人間界の進化の速度は計り知れない。ついには、俺にまで攻撃の矛先が向けられた。でも、人間達はわかっていない。100年後に訪れる惨劇を……こんな事をしている場合じゃないんだ!」

 ハルメスは大理石のテーブルを叩いた。途端にテーブルは粉砕する。勿論、ハルメスが本気を出せばリウォル王国など一夜の内に滅ぼす事が出来る。しかし、ハルメスは人間を愛している。だから、何度もリウォルに和平の交渉をしてきたのだが受け入れられる事は無かった。

 そして、ハルメスは知ってしまった。100年後の計画を……計画は、司官のノレッジにより知らされた。その理由は、計画の為に力を尽くす事を誓えば天界に戻れるという取引を持ちかけられたからだった。ハルメスの力があれば、『新生・中界計画』はスムーズに運ぶ。だが、人間を……いや、ティファニィを愛する彼がそれを受け入れる事は無かった。100年後、全ての人間とハルメス……そしてルナリートが協力しなければ、人間界の未来は闇に閉ざされる事になる。だからこそ、ハルメスは歯痒かった。人間どうしの争いが。そして、それを収められない自分が……もう一つ、頼れる弟が眠ったままになっている事が……

「……ルナ!早く目覚めてくれ!お前の力があれば、戦乱を収めて人間達を一つにまとめる事が出来るんだ」

 ハルメスは叫んだ。フィグリル皇国城の窓から……空は夕闇に染まっていた。それは訪れる長い夜と、安息の朝の遠さを物語るような虚しい色だった。ルナリートが目覚めるまであと100年……それは、ハルメスにとって気が遠くなるような時間に思えた。

 

 

〜150年後『獄界』

「お前達、計画は50年後だ!それまで、存分に力をつけておけ!」

 獄界の宮殿のテラスから群集を見下ろすフィアレスは、魔を鼓舞するために叫んだ。

「ウォォオォォ!」

 数万……いや、数十万以上はいるだろう。魔の大軍は歓喜の叫びを上げる。この150年間、人間界への侵略は小規模なものだった。それは、50年後に全勢力を使う為……力を温存しているのだ。彼らの指揮官は、フィアレス・ジ・エファサタン。獄王の息子だ。

 天界の『計画』とは別に、強固な『目的』を持って彼は動いている。フィアレスは150年で力を増した。ルナリート・ジ・エファロードに負けた事が悔しかった。この星……シェファで最強の力を持つのは、『ロード』では無く『サタン』であると信じて生きている。

 

 だからこそ、50年後に証明する。全てが動き出す『時』に。

 

 

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