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「ふざけないでよ!」

 風音は金切り声に近い叫びを上げ、手紙を両手で握り潰した。

 

 私を本当は守りたかった? 嘘よ! 私は不要なものとして捨てられたと思って、ずっと自分を否定しながら生きて来たのよ。それがどれ程苦しかったか! もしそれが本当なら、どうしてもっと早く私にそれを教えてくれなかったの? 私がそれを早くに知っていたなら、ここまで私の闇が深くなる事は無かった。自分を嫌い、世界を憎み、普通の家庭で生きる同級生を妬み、満たされないからこそ私は誰からも愛されるような人間になろうと毎日死に物狂いで努力して、心に混沌が満ちていった。それなのに私を「必要だからこそ」施設に捨てたと言うの? ふざけるのもいい加減にしてよ! 

 自分が死にそうだからって、今更会いたい?

 今まで私が苦しかった時に一度だって助けてくれなかったくせに、よくそんな事を言えるわ! 私だって死にそうだったのよ。心が死に掛けて、何度も何度も数え切れないくらい死ぬ事を考えた。それでも私は誰にも縋れなかった。その苦しみが分からないのに、何で私に甘えようとするのよ!

 

 風音は握り潰した手紙を持って、キッチンへと激しく音を立てて歩いていく。そしてガスコンロの点火ボタンを思いっ切り押して点火させた後、火力を最大にした。彼女は燃え盛る蒼い火を虚ろな目で一呼吸の間見詰めて、手紙を炎に近付ける。手紙からは直ぐに煙が上がり、それに一瞬遅れて火が点いた。

 

 燃えてしまえばいい。灰になったら、こんな手紙を読んだ事は忘れてしまおう。忘れなければ私の今までの努力が報われないから。

 

 でも、いいの?

 

 手紙を燃やすのはいつでも出来るけれど、燃えてしまったものを取り戻す事は絶対に出来ない。

 そして、死んだ人間と話す事も――

 

 風音は火の点いた手紙をシンクに投げ、コンロの火を止めるのとほぼ同時に水道のレバーを限界まで上げた。激しい水流がシンクの中で渦を巻き、紅い炎を瞬く間に洗い流していく。

 風音は目の前が滲んで何も見えなくなり、声を上げながらその場に座り込んだ。瞳から零れる涙は頬を流れ、彼女の服に音も無く滲み込んで行く。そして、それと共に彼女の内からは止め処なく悲しみを振り絞ったような声が溢れ、部屋に響き渡る。

 

 慟哭が嗚咽へと変わり、風音は涙と声が外に出て行った分、体が軽くなったような気がしていた。早く泣き止まなければ紡樹からの電話を受けられないとの思いも確かにあったが、彼女は自分の想像以上に涙が早く引いていった事に驚いた。

 

 紡樹からの電話が鳴り響く頃には、涙も止まっているかも知れない。

目次 第四章-5