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 目には見えない透明な風が、悠遠の彼方まで澄み切った砂漠の夜空に吹き渡る。星明かりは風を通り抜け、夜の冷気で熱を失った砂を微かに彩る。地上に降りた風は無数の砂を巻き上げ、まるで意思を持っているかのように蠢いている。風に乗った砂は地上を奔り草木をざわめかせる。その声は饒舌で、太古から続く世界の理を語り続けているようだ。

 砂漠で生まれ砂漠に還る動物の一部は眠り、多くは生きる糧を探して動き回る。彼らは生きる事に疑念を抱かず、同時に死に対しても特別な感慨は無い。死が訪れるまで生きられる限り生きる、唯「そうしている」だけだからだ。連綿と続くその営みに憂愁の入り込む隙は無く、世界の変遷に翻弄されながらも未来に命を繋いでいこうとする。彼らはそれに意味を求めたりはしない。

 彼らは知っているのだ。

 生きる為に生まれ、生かす為に死ぬ事を。そしてそれこそが、自らの意味である事を。

 生きる事は儚く、刹那の時間に過ぎないがその積み重ねが未来を創り出すのだ。

 

 一頭の金色の毛並みをしたディンゴが、空の高みで燦然と輝く月に向かって遠吠えをする。その何処か哀しみに満ちた声は砂漠に染み渡り、最後は風に掻き消された。月華は砂漠だけでなく、人の住む僅かな場所にも分け隔てなく届く。

 

 石造りのアパートメントのようなホテルの一室に射し込んだ月光は、窓辺に置かれた蒼い石を仄かに照らしている。そしてその窓の下のベッドで眠る男の顔を薄っすらと闇に浮かび上がらせる。開かれた窓から入った風はカーテンを不規則に揺らし、その影が室内にモノクロームの模様を作り出す。それを見ている者は誰もいない筈なのに、その紡ぎ出される光と影の作品に手抜かりは無い。それは、まるで世界の全てを誰かが鑑賞しており、誰かがそれに応えているかのように緻密で完全である。

 部屋で浅い眠りに就いている彼は、時に苦悶の表情を浮かべて寝返りを打ったかと思うと、安らかな表情で身動き一つしない時間もあり、それを繰り返している。やがて一際強い風が部屋に吹き込むと、カーテンは全開し動きを止めた。月影が真っ直ぐに彼の顔に落ち、それを見守るように金色の星々を内包した蒼い石が淡く輝く。

 

 再び風が吹き彼を包む。

 彼は眠りの中で何処か懐かしく、胸が締め付けられるような温もりを感じていた。

目次 第三章-5