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 この日も、美味しい食事と酒……そして音楽隊の演奏で楽しい時間が流れた。食事と酒はシェルフィアが苦心を重ねた末に生み出された最高のものだ。私は、シェルフィアがまだフィーネだった時から料理を食べさせて貰っているが、今日の味も忘れられない程心がこもった料理だったと思う。音楽もまた発達した。様々な楽器が現れ、同時に多用な楽曲が描かれた。それは、人々の心が豊かになっている証かもしれない。会食も終わりに近付き、一人の人間が私に声をかけた。

「皇帝、少しお時間を頂けますか?」

 知識の街リナンを治めるディクトだ。年齢は確か57歳。髪は白髪だが、歳の割に精悍な顔付きをしている。その彼が何か真剣な表情をしてそう言ったので、私は頷き人の少ない窓辺の方へ移動した。

「どうした、何かあったのか?」

 私は彼の目をじっと見据えた。すると、ディクトは静かに首を振ってこう答えた。

「いえ、皇帝がご心配されているような事ではありません。唯、世界の街々からの報告を受けて調べた結果……僅かばかり例年と違う傾向が見られました」

「それは具体的にどういう事だ?」

 私がそう訊き返すと、ディクトは静かに答えた。

「そうですね。全て局所的なものですが、漁の不作……作物の立ち枯れ、流行の病、後は子供を授からない夫婦の増加等です。これらは世界全体から見ると、影響のある程のものではないですが私には皇帝に全てを報告する義務がありますので」

 そう言って、ディクトは頭を下げた。とても礼儀正しく律儀な人間だ。

「そうか……報告ありがとう。確かに気にする程の事ではないかもしれないが、ディクトはこの事態をどう読む?」

 私は彼の読みを結構当てにしている。私の35分の1程度しか生きていないのに素晴らしい知識と洞察力を持っている。

「……『何か』が起こる兆候ではないか?と思っております。良い事ではないでしょう」

「そうか……この10年間、本当に何も無く平穏な時が流れた。不思議なぐらいに……だが、今後何が起ころうともこの世界は私が守る。だから、引き続き調査して報告を頼む」

 私がそう言うと、ディクトは強く頷き会食の輪へと戻っていった。

 私もシェルフィア、リルフィと共に皆と楽しく語り合った。昔の事、今の事、そして未来の事を……


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