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 翌日も、螢華は大学の帰りに書店に寄った。しかし、目的の本は見付からず、その代わりに、彼女はこの国の四季の美しさを、検索した本から知った。現在でも一年は四季に分けられている。今日は三月二日で春だ。だが、道端に蒲公英(たんぽぽ)が咲く事も、桜の花弁が舞い散る事も無い。現在の四季は形骸化している。

 その晩、螢華は再び色褪せた風景の夢を見たが、心做(こころな)しか花畑がいつもより鮮明だった。鮮やかな向日葵を図鑑で見たからかも知れない。

 三月三日金曜日。今日大学に行けば、明日と明後日は休みだ。螢華は週末を利用して、遠くの書店に行く事を画策している。

 いつも通り大学に行き、螢華は一限の「動物学」の講義を受けた。二限は「美術」である。螢華が通う大学は、他の大学と同様に、専攻以外の講義も多数受講しなければならない。それは世界的に、大学は偏った知識では無く、全般的な教養を身に付ける場所とされているからだ。

 この日の美術は、果物のデッサンだった。鉛筆も紙も用いず、ホログラムのキャンバスに、センサーの付いたプラスチックペンで描き込むのだ。螢華の隣には今日も凛が居る。

「凛、美術って難しいよね。絵が上手い人、尊敬しちゃうわ」

 溜息を吐き、首を傾げながらキャンバスを見詰める螢華を見て、凛が笑う。

「螢華、他の教科は全部得意なのに、美術駄目だもんね」

 そうだ、私は絵が下手だ。どう頑張っても人並みにならない。でも、子供の落書きよりはマシかな。ううん、いい勝負だ。

 デッサンを描き始めて三十分。螢華のキャンバスには、下半分に楕円形、その上に球体が二つと、手のような形をした何かが描かれていた。

「螢華はやっぱり、絵心が無いね。歌はあんなに澄んだ声で歌えるのに」

「そうかなぁ。今日はいつもより頑張ったのに」

 どう見ても、皿の上に盛り付けられた、林檎、オレンジ、バナナだと思うんだけど。あ、そうだ。私より絵の上手い凛なら、あの絵について知っているかも知れない。

「ところで凛、『向日葵の墓』って言う絵画を知らない?」

「知らないなぁ。どうしたの、まさか絵画に興味があるの?」

「私、向日葵の花を図鑑で見てから好きになったんだけど、向日葵を描いた絵の中で、それが一番有名らしいの」

「成程、螢華はそれを見たいのね」

「うん、図書館と近くの書店から捜したけど見付からなかったの」

 螢華が頷くと、凛は暫く目を閉じて、何かを考えるように眉間に指を当てた。数秒後、凛はパッと目を見開き、螢華の肩を叩く。

「いい事思い付いた!」

「え、何?」

「教えてあげないよー」

 凛が意地悪な笑みを浮かべる。それだけ、自信がある考えなのだろう。

「もうっ」

「嘘よ嘘。螢華、私達は今何の講義を受けてるの?」

 凛は、講堂全体を見渡した後、教壇の方を注視した。

「美術ね。あっ」

「気付いた?」

「うん! 凛、ありがとう」

 絵画の事に一番詳しい人間が、この教室に居るのを忘れていた。教授だ。教授に聞けば、少なくとも「向日葵の墓」を見る方法を教えてくれるだろう。もしかしたら、投影出来るデータを持っているかも知れない。
目次 第三章-6