第二章 転蓬の果てに

 

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 緋月は大学に合格した。雪那の死後、緋月は高校を休んでいたが、自分と雪那の両親に頼まれたので卒業式だけは出席した。虚ろな表情で、雪那の遺影を持って。

 大学はもう、どうでも良かった。両親の叱責を受けても、緋月は聞く耳を持たない。だが、自分が大学に受かったのは雪那のお陰であり、彼女の願いでもある事に気付き、大学に行く決心をする。

 卒業式の数日後に、大学の近くで賃貸契約をし、三月の終わりに緋月は引っ越した。緋月は、何もする気が起きなかったが、生きている限りは食物を摂らなければならないので、仕方無く買い出しには出掛けた。料理は体が覚えているから、頭を使わなくとも出来たが、それを食べている時には、毎日雪那の事が頭を()ぎった。

 

 雪那が生きていれば、二人で夕食を食べていただろう。

 

 そう思うと、枯れた筈の涙がまた溢れ出す。そんな時は、雪那が付けていた指輪を左手で握って寝るようにした。緋月は自分のリングはずっと付けたままで、雪那のリングはシルバーのチェーンを通して、首に掛けていた。

 

 四月九日。この日、緋月は朝早くにスーツを着て家を出た。混雑する電車に乗り込み、目的地を目指す。この日は、大学の入学式と新入生向けオリエンテーションがあるのだ。

 緋月が大学の構内に入ったのは、入試以来だった。真っ白な校舎と、赤煉瓦が敷き詰められた歩道は変わっていない。だが、其処を歩く人間は入試の時とはまるで別人だ。

 あんなに張り詰めていた空気が消えている。皆、新しい生活を始める喜びに満ちていて、俺みたいに浮かない顔をしている奴は誰も居ない。男も女も一様に楽しげだ。

 新入生が大講堂に並べられた椅子に座った後、学長が話を始める。だが、緋月は殆ど聞いていなかった。否、正確には言葉が耳に入って来ない。祝福の言葉など、自分には似つかわしくないと無意識に思い込んでいたからだ。

 

「この大学の四年間は、瞬く間に過ぎます。入学した諸君が、勉学と美術に専念し、人間として輝く事を、私は願っています」

 

 その言葉は、はっきりと聞こえた。確かに、四年ぐらいは瞬く間に過ぎるだろう。雪那と過ごした十三年が一瞬だったように。人間としての輝き……、雪那という光を失った俺が輝けるだろうか。

 今思えば、俺は月で雪那は太陽だった。俺は一人では輝けない。

 

 入学式の後、オリエンテーションを受け、必要な事だけ覚えた緋月は誰よりも早く帰路に就く。サークルの猛烈な勧誘が疎ましく、一人になりたかったからだ。
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