第六節 葬列

 

 うーん……、眩しい。そろそろ目覚め時かな?

「ふわぁ? あれっ!」

 此処は何処? 見慣れない風景!

「はははっ、お前も驚いたか。此処は人間界だぞ」

 そうだった! わたし達は、昨日から人間界に居るんだ。ルナもびっくりしたんだから、わたしが驚くのも無理は無いわね。

「あははっ、まだ堕天に慣れてないもんねー」

 わたしは欠伸(あくび)をしながら、伸びをした。さて、今日はどうするのかな?

「今日は、一刻も早くこの村を離れたい所だが、食糧調達が先だ。村の食糧品店に行こう。全く……、不便な体だよ」

 流石ルナ。わたしのアイコンタクトを解ってくれる。

「仕方無いわねー。人間とは関わりたく無いけど、ルナの命には代えられないわー」

 ルナが、天使服から『戦闘着』に着替える。この服は、黒い皮のブルゾンとパンツ、そしてダークグレーのインナーで構成される。服そのものに神術が施されていて、耐久度が高い。昨日みたいに、魔と遭遇するかも知れないから着替えたみたいね。わたしはいつも通り、指輪に変化。

 

 ルナは目立っていた。髪が赤いのが珍しいのは勿論、服も人間界には存在しないものだからだ。しかし、村人は珍しい旅人に注意を向ける余裕は無い。「ある儀式」を行なわなければならないからだ。

「(あの集団はなーに?)」

 村の大通りを、黒い服を着た村人が歩いている。しかも、沢山。

「(さあな。何かを運んでいるみたいだが。ん? 隠れるぞ!)」

 ルナが物陰に隠れる。一体?

「パパ、パパー! 行かないでよ! 今度、遊んでくれるって言ったじゃないか!」

「あぁ、あなた! 私と子供を置いて逝くなんて……」

「うぅ……、お父さん、お父さぁん!」

 葬列。昨夜、死んだ男達を(とむら)う為の。フィーネも居た。

 放心状態の者、半狂乱の叫び声を上げる者、(ひつぎ)から離れない者、悲しむ様子は色々だけど、共通しているのは、女子供だという事。この村の男は、(ほとん)ど殺されたのかも知れない。

 ゆっくり、ゆっくりと葬列は進む。拭えない悲しみと憎しみを(まと)いながら。

「(人間の悲しみは、天使と変わらないんじゃないか?)」

 ルナは、昨日フィーネに会ってから、人間を贔屓目(ひいきめ)で見るようになってる。確かに、わたしが見ても、天使と人間は変わらない。力を除いては。何処が下等なんだろう? でも、それをわたしが認める訳にはいかないわ。

「(所詮(しょせん)、紛い物でしょー?)」

「(本当に、あれが紛い物だろうか? フィーネ達の、あの悲痛な顔が?)」

「(もー、しっかりしてよ! ルナ、こんな場所は早く離れるわよ!)」

 首を傾げながら、葬列に背を向けるルナ。ルナは理不尽な暴力を許さない。神官ハーツに対してそうだったように。だから、心配なのだ……

 

 海沿いに食糧品店を見付けた。民家と同じ煉瓦造り。入り口は、低い階段の上にある。食糧品店なだけあって、店の前も、階段も小綺麗にされている。扉を開くと、「カランカラン」と乾いた音がした。

「いらっしゃい! 何が入り用だい?」

 愛想の良い、小太りの中年男。ルナは(しか)めっ面だ。

「食料と水が欲しいんだが、どうすればいい?」

「異国の人……、みたいだね。こんな銀貨で商売してるんだがね」

 銀貨? 銀を小さく、薄く伸ばして円盤状にしたものだ。銀なんて天界には余る程有るのに、人間界では価値があるみたいねー。

「これじゃあ駄目か?」

 ルナは、純金のコップを出した。天界では別段大したものじゃない。

「こりゃ驚いた……。純金じゃないか! これを、銀貨に交換するけどいいかい?」

「ああ、頼む」

 ルナの頭と同じぐらいの大きさの袋一杯に、銀貨が詰め込まれる。

「それで、この『銀貨』は何と交換できるんだ?」

「へ? それだけあれば、この店の食糧を全部買えるよ! ざっと、一年分ぐらいかな。でもそれは勘弁してくれっ。店仕舞(みせじま)いになる」

「全部は要らないから、三日分ぐらいくれ」

 ルナが苛立(いらだ)ってる。この人間がお喋りだから。

「了解っ! いやあ、金持ちだねぇ! 初めてだよ、あんたみたいな旅人は!」

「解ったから、早く食料を渡してくれ!」

 ひゃー。ルナの機嫌が悪くなったら、誰がフォローすると思ってるの?

「済まないねー、珍しいお客さんだからつい! それはそうと、昨夜の惨事は知ってるかい? 特にフィーネちゃんって子が可哀相なんだよ! 母親が死んでも、村の皆を励ましてくれてた。なのに、父親まで……」

「もういい!」

 ルナは、食糧と水が入った袋を取って、店を出る。これは完全に怒ってるなー……

「(余計な事を喋り過ぎだ!)」

「(そうねー。それより、早く食事にしましょ!)」

 

 村の外れの大木の下で、ルナは食べ物を(かじ)る。わたしも、周りに誰も居ない事を確認してから元に戻り、ESGと水を摂った。時刻は既に正午を回っている。

 ルナは遠い目をしている。考え事をしている証拠だ。この状況は不味いなー。

「フィーネは、本気で私を信じているんだろうか?」

 嫌な予感は的中するものだ。はぁ、困った。

「そんな訳無いじゃない。ルナを利用しようとしてるだけよ!」

 説得力、無いなぁ。あの子、天使だったら間違い無く良い子だもんね。




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