「解ってる、どんどん放たれてくる!?セルファス、勝負はお預けだ!逃げるぞ!」
私は緊急の事態にそう叫ぶしか無かった。青褪めたセルファスは即座に答える!
「おう!捕まったら終わりだ!全力で行くぞ!」
私達は顔を見合わせ、行きの時よりも更に速く、息も絶え絶えに元の監視台に戻っていった。
時間としては、ほんの二分程度の出来事だっただろう。しかし、私達二人には永遠に等しく感じていたのは確かだ。
そんな私達を迎えたジュディアとリバレスの表情は不安に曇っていた。勝負どころじゃないという程、疲労と恐怖に引きつった私達の表情を見て、ジュディアは心配そうに話しかけた。
「どうしたの!?二人とも!?」
その質問には私が答えた。
「今はそれよりも逃げるんだ!事情は後で話す!」
私が余りにも大きな声で叫んだので二人は驚いていたが、事の重大さに気付き私達に続いて走り出した!
しかし、突如見慣れぬ影が私達の前に立ちはだかった!
「こんな所で何をしているのです!?」
私達を絶望の淵に追い遣る、その冷徹な声の主は紛れもなく『神官ハーツ』のものだった。
全てが終わった。そう観念して、何も答えない私達を見て更にハーツは続けた。
「この凶日に出かけるばかりでは飽き足らず、まさか『封印の間』に近付くとは!」
其処で、少しでも弁解する為にリバレスが打って出た。
「わたし達が此処にいる罪は認めます。でも、『封印の間』に行ったとは断言出来ないんじゃないでしょーか?」
しかし、ハーツは不敵な笑いを浮かべそれに返答した。
「君は確かセルファス君でしたねぇ。君の持つコップに入っている水には私の術が施されているんですよ!」
そう突き詰められたセルファスは持ったコップを、呆然と力を失い地面に落とした。
……どれだけ良いように考えても死刑は免れないな。
私達の誰もがそう思っていた筈だが、聡明なジュディアだけはその場に跪き反論した。
「神官ハーツ様!どうかお許し下さい!私達は唯、神に祈りを捧げたかっただけです!『封印の間』に近付いたのも、神のお近くに寄りたいが為です!全ての行動は私達の信仰心の顕れなのです!」
彼女は必死に説得しようとした。しかし、ハーツの表情は変わらない。そして私は決断した。
「神官ハーツ様!全てはこの天使ルナリートの責任です。皆を誘ったのは私です。どうか、私を処罰して下さい!」
その言葉が終わる刹那に他の3人が同時に叫んだ。
「ルナ!?」
そして無限にも等しく思える沈黙の後、ようやくハーツが口を開いた。
「成る程、事情は解りました。全ての天使の中で最高に優秀なルナリート君が言うのだから間違いはないでしょう。だから……今回は特別に見逃してあげましょう。しかし、次は無いと思いなさい!」
私達は意外な結果に顔を見合わせたがすぐに返事をした。
「はい!ありがとうございます!」
ハーツは呆気ない程早々に立ち去ったが、死ぬ思いをした私達は無言で帰路に就いた。まだ皆が恐怖に震えているのが解る。
だが、私だけは至極冷静でいたのはおかしな事だろうか?
そんな疑問を自分に投げかけていると、私達の生活の主軸である神殿前の噴水広場まで戻って来た。其処でようやく皆の心がほぐれたようだ。
「ルナ!あんな事を言ってどうするつもりだった(んだ!)(のよ!)(のよー!?)」
三人は同時に叫んだ。皆が親身になって心配してくれている。
其処で、私は先刻の言葉に隠された、1000年以上も誰にも語らなかった真意と決意を全て話すことにした。
「私が……普通じゃないのはみんなが知っている通りだ。でも、私は自分の考え方については正しいと確信している。今から話すことは皆だから話すんだ」
皆、瞬きすら躊躇うかのように真剣に私を見つめる。
「私はこの世界そのもの、いや天界に疑問を持っている。『神』という見えない観念に縛られ、全ての天使が自由を奪われている。神官や学校の教師達は私達に決め付けられた思想を植え込み、其処からはみ出す者は容赦なく処刑される。それが果たして幸せだろうか?否、私は決してそうは思わない。全ては神の教え、全ては私達の幸せの為……そう思い込まされているに過ぎないんだ!何故そう思うのかは、神官ハーツを見れば解るだろう?奴によって、私と同じように疑問を持った天使は殺された」
今まで押し殺してきた感情が激化する。私は握った拳が怒りに震えた。
「私は、自由な一生が欲しい!自由に考え発言し、何者にも脅えることなく生活できる世界が!その世界が永遠に実現しないのならば、私にとっては生きながら死んでいるようなものなんだ!」
私を見つめる瞳が、驚きに染まって行く。
「さっき私が皆の為に犠牲になるような発言をしたのは、裁判の場で全ての天使に『自由の幸せ』を理解させたかったからだ。それでもし私が殺されても、必ず私の考えを継ぐ者が現れる。そして、いずれは天界に生きる者全てが、真の幸せを享受出来る時代が来る!それが叶うならば、私一人の犠牲など軽いものだ。そもそも、私は『神』の存在を認めていない。本当に存在するならば、こんな世界にはしない筈だ!」