〜第三楽章『封滅』〜

 私がシェ・ファに向かって剣を振り下ろす。同時に別角度から、フィアレスが魔術を放つ。

 だが、剣は感触無く空を切り、魔術は届く前に掻き消される。フィアレスの剣も、神術も結果は同じだった。

 それでも、彼女を『遮断』の破壊に注力させないという意味では、私達の攻撃は成功しているようだ。

 

「仕方無いですね。貴方達は『最後』にする予定でしたが、私が先に進むには此処で貴方達を消す方が効率的だと理解しました。貴方達は今までのエファロード、エファサタンよりも圧倒的に強い」

 

 その言葉が終わるか終わらないかの刹那に、白い雷光が彼女の体から発せられる!

 私とフィアレスは、反射的にそれを回避する為に『転送』を使用した。

「まさか避ける事が出来るとは。著しい進歩を認めます。しかし、この『白光』は攻撃対象を半永久的に追尾するので、避け続けても意味はありません」

 それも想定済みだ。記憶パターンの467番目、

 敵の攻撃が自動追尾型の場合、剣に最高の神術又は魔術を込めて攻撃を弾く。

 私達は各々、『光』と『闇海』を剣に込めて、シェ・ファの白光に一閃を放った!

 

「ギギギ!」

 

 白光と剣の衝突、衝撃で体中がビリビリ震えている。白光は、シェ・ファにとって通常攻撃である筈だが、何と重い一撃なんだ!

 だが、この程度なら押し勝てる!

「バシュッ!」

 私達は、白光を真っ二つに切り裂いた。攻撃を弾けると言うのは大きな前進だ。

「素晴らしい。ですが、これで貴方達を抹殺するのに必要な力の匙加減が解りました。次の私の攻撃で貴方達は死にます」

 

 光剣と闇剣が発動している時に、敵に隙がある場合『転送』で近付き全力で斬りかかる。

 

 私とフィアレスは記憶通り、転送の直後思いっきり剣を振り下ろした!

「ガッ!」

 初めて手応えがあった!光剣と闇剣は擦り抜けず、攻撃可能なのか!?

「まだ解らないのですか?」

 私の剣は彼女の右掌、フィアレスの剣は左掌で止められていた。しかも、掌には傷一つ無い。そして次の瞬間、

 

「パキィィンッ」

 

 彼女が軽く剣を掴むと、私達の剣は折れた。この星で最強であろう、二本の剣が。

「冥土の土産に良い事をお教えしましょう。私が一体『何』で構成されているのか」

 足が竦んで動けない。全身が震える。恐怖の奔流が体中を駆け巡る。

 

「私は、『精神体』です」

 

 何だそれは?聞いた事が無い。

「生命には二種類のエネルギーが備わっている事は御存知でしょう。一つは物体エネルギー。もう一つが精神エネルギーです」

 彼女は淡々と話す。この話は私達にとって有利なものだろうが、例え有利な情報を与えても彼女の絶対的優位性は崩れないに違いない。

「人間も、天使も、魔も貴方達も全て、物体エネルギーから成り立ち、精神エネルギーを内包しています。勿論、貴方達二人は人間の数億倍の物体エネルギーから成り立つ体を持ち、同様に全生命の中で最高の精神エネルギーを持っています」

 それは解っている。だからこそ、私達は星を治める事が出来た。

「精神エネルギーは、物体エネルギーよりも高位なエネルギーです。精神エネルギーによる神術や魔術が、物体を攻撃するのは簡単ですが、その逆は限りなく大きな力を消耗します。只の剣が、神術そのものを掻き消す場合を考えればお解りでしょう」

 大体言いたい事が解って来た。聞きたくないが、聞くしかない。

「『精神体』は、精神エネルギーの結晶です。この星に存在する精神体は私のみ。無論結晶である以上、内蔵しているエネルギーは貴方達の比ではありません。人間と貴方達の精神エネルギーの差など、私からすれば瑣末なものです」

 要は、彼女が私達を攻撃するのは容易く、精神エネルギーにも歴然たる差がある以上、私達が彼女にダメージを与えられる可能性はゼロだと言う事か。

「その通りです」

 状況は極めて絶望的だが、逆に吹っ切れた。やはり、私とフィアレスは此処で死ぬ。記憶パターンの1番目を実行して。

 

「貴方達が何を企てているのかは読めませんが、その企ては徒労に終わります。先程も言った通り、私の攻撃で貴方達は死ぬのですから」

 

 その瞬間、彼女の体が『白い球体』に変貌する。そして……

「先程の白光を10万倍にして放ちます。これで、避ける事も掻き消す事も不可能」

 確かに不可能だ。私はフィアレスと目を合わせる。記憶パターンの2番目……

 

「さようなら。貴方達の時代は終わりです」

 

 無数の光線が、私達を全方位から包む!私は目を閉じ折れた剣を突き上げた。

「キンッ!」

 折れた二本の剣が交叉する。

「極術『光闇』!」

『光』と『闇』、神術と魔術の頂点。それを融合させた極術は、破壊力も究極のものとなる。

 

「ピカッ!」

「ヂヂヂ!」

 

 私達を包み、焼き尽くそうとする白光。それを内側から突き崩す為に全力を込めた光闇。

 体力と精神力の消耗が激しい……。そして、耐え難い激痛!体の内側から、無数の鋭い針で突き刺されているかのようだ!

 だが此処で諦めては、私達だけでは無く、愛する者達まで同様に死を迎える事になる!

 

「(本当に久し振りだね。こんな風に、同じ目的の為に力を尽くすのは。)」

「(あぁ、こんな状況だがお前がいると心強いよ。)」

 私達は、更に内から精神力を絞り出す。この白光を退けた時、私達は記憶パターンの1を実行する事になるだろう。

「うおぉぉ!」

「うあぁぁ!」

 

 咆哮が谺する!臨界点を超えて肉体の崩壊が始まる!

 その時、

 

「パァァン」

 

 光闇が白光を消し去った!

 だが、私達の精神力は残り僅かだ。辛うじて精神の安定は保っているが、思考能力の低下は否めない。

「驚きで言葉もありません」

 あれだけの攻撃を放ちながらも、彼女は悠然と浮かんでいる。そもそも精神体である彼女には、肉体的な疲労など無いのだろう。

 

「しかし、これで万策が尽きます」

 

 彼女の姿が消えた!?

 

「ブシュッ」

 

 四肢に痛みが走り、音が耳に届いた頃には彼女は再び目の前に現れていた。一体何が起きた!?

 彼女の指だ。指が私達の四肢を刻んだのだ。攻撃を受けた四肢は、血を流す事も無く真っ白な大理石のように変化し、動かせない。セルファスを殺した攻撃と同質のものだろう。

「キィィーン」

 耳障りな音だ。次は何だと言うのだ。

「剣と鎧の破壊です」

 砂のように剣が崩壊する。同時に、私達を守っていた極術による『結界』と、鎧も消滅した。

「貴方達は動く事が出来ず、武器も無い。それにより、私に対抗出来る唯一の手段である極術の使用も不可能となりました」

 私はフィアレスに視線を送る。二人、同時に声を上げた。

 

「『絶体絶命』だ」

 

 その言葉を発した瞬間、私達の精神力が一気に増大する!肉体のエネルギーを全て精神力に変換しているのだ。

 状況を理解するのに、ほんの一瞬の隙を見せたシェ・ファを極術の『不動』が捉えた。

 

「騙しましたね。貴方達は、極術を発動させる際に『わざと』二本の剣を交叉させていた。しかも、『そうしなければ発動出来ない』と意識しながら」

 捉えられて尚、彼女の表情は変わらない。冷たく澄んだ無感情な声も。

「ああ、そうだ」

「シェ・ファ、君は再び深獄で眠れ」

 記憶に焼き付けた、最も大事な使命。記憶パターンの1……

 

 

 ルナリート、フィアレスのどちらかが死の淵に追い遣られ、尚且つ「絶体絶命」というキーワードを二人が発した時、二人の命を代償として極術『封滅』を発動させる。

 

 

「封滅!」

 

 

 封滅。深獄を構成していた極術。時の流れを捻じ曲げ、時の進行を限りなく遅くした空間を創り出す。その外層は物理的な干渉を遮断し、外的な力では決して壊れない。

 過去、私達は12回この極術を用いた。私達の力をも凌駕する資質を持った魂が現れた時に。

 シェ・ファは、それらの魂を全て受けた器。それを器ごと封じるのだ。私達二人の命ごときでは、『永遠に』封じる事は出来ないだろう。

 

 だが、構わない!

 傲慢かもしれないが、愛する人が少しでも長く生きていてくれるなら。

 

 

 フィーネ、シェルフィア、リルフィ、今までありがとう。私の人生は最高に輝いていたよ。

 兄さん、父さん、今からそっちへ行きます。

 リバレス、こんな私を怒るだろうな。

 

 

 自分を構成するエネルギーが全て、『封滅』に吸い取られていくのが解る。指先、爪先、四肢の感覚が無くなる。そして、視力も失われた。もう何も見えはしない。

 

「うおぉぉ!」

「これで終わりだ!」

 

 激痛を伴っていた精神の消耗が、臨界点を超える!

 精神が崩壊を始めた。私達が、代々受け継いできた『神と獄王』の記憶が砂のように消えてゆく。次に感情の大部分が消えた。もう、憎しみや悲しみを感じる心は、私達には存在しない。

 

 更に記憶が崩れてゆく。自分が生まれた頃、天界での生活が目まぐるしく流れて消えた。死ぬ前は、記憶が巡るというのは本当のようだな。この世界に別れを告げて、魂の世界に行く為の通過儀礼なのかもしれない。否、この世界からの最後のプレゼント、最後の夢なのだ。

 

 そして、私にはフィーネと出会った後の記憶と心を残して空っぽになった。

 永遠の心、それだけを残して。

 

 

「世界は、束の間の平穏な眠りを得る。終焉の無い夢を見て。醒めた時、それが真の『さようなら』」

 

 

 シェ・ファの言葉が脳に直接響き、彼女は『新たなる深獄』に封じられた。

『遮断』によって創られたこの空間が消えて行くと共に、私の意識は闇に包まれた。

 

 

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