§プロローグ§

 

 遥か……それは永劫の狂気。否……深淵なる久遠の闇。

 光は色を持たず、物は形を持たず……ただ闇に浮かぶ一つの『存在』。内にあらゆるものを秘め、止まったままの『存在』……。その『存在』が動き出したのは僅か100億年前の出来事だった。

 100億年以上前……否、それ以上昔に『時』という概念は通用しない。

 何もかもが『無』でありその闇は永遠に変わる事は無く、その『存在』だけが静かに……生まれる前の赤子のように唯静かに、だが動き出す『時』を確実に待っていた。

 

そして『時』が始まった。

 

 100億年前……

 『存在』に亀裂が入り、『光』と『物質』が止まっていた『時』を取り戻すかのような勢いで、また闇を拭い去る為に……何者も超越するスピードで無限に加速し『存在』から広がっていった。

 その際限なく拡大する領域は留まる事を知らず、たった今でもそれは変わる事はない。

『時』の始まりはここからで、全ての『モノ』の原点が生み出される事となった。

 

一つの悲劇も同じように……

 

 10億年後(90億年前)……

 『存在』から生まれた『モノ』は宇宙を形成し、その破片の物質は眩いばかりの星々になったが、まだ激しく熱を帯びており物質は常に超高温の炎に覆われていた。

 その炎は収まる事を知らず燃え盛り、星を包む空間をも溶かし、暗黒だった宇宙を照らし続けている。まるで、暗闇を恐れるかのように唯、光と熱を放ち……悲しき『無』の世界を忘れる為に熱き炎をもって叫び続けているのだ。

 そういう状況の中で後に『惑星シェファ』と呼ばれる星も誕生したのだった。

 シェファは、原形を象るまでの20億年……真紅の大気に取り囲まれ、無数の星屑の隕石を呼び込み巨大化していった。隕石は激しい悲鳴を上げてシェファに衝突し、シェファもそれに呼応するかのように灼熱の溶岩の涙を流してそれを受け止めた。

 それは長い長い時間繰り返されていたが、徐々に収束の方向に向かっていった。

 

 30億年後(70億年前)……

 シェファは誕生して20億年が経過し、厚い大気に覆われ表面温度を下げていった。

 星には大地の原形が完成し、高温の液体……それでも海と呼ぶ事ができる広大な海原も完成した。

 大地は岩で覆い尽くされ、数え切れない程の火山が噴煙と共に、憤怒に似た爆発を休む間もなく続けていた。血の涙ともいえる溶岩もまた、止め処無く流れていたのだ。

 海は液体であったが、常に沸騰でボコボコと海面を揺らして蒸発し、それが雲となりまた雨が降る繰り返しだった。

 そうして出来た空は、惑星シェファが属する銀河の中央に位置する高エネルギー体の星である『S.U.N』からのエネルギー放射を遮り、星の表面温度を下降させていく。

 だが、この時点では無論生ける者が存在し得なかったのは言うまでも無い。しかし、この5億年後に奇跡は起こる。

 

 35億年後(65億年前)……

 時が満ち、今日まで続く世界の発端ともいえる『運命』が始まった。

 惑星が出来てから25億年が経過し、強大な二つの生命体が誕生したのだ。

 

不毛の大地からは後に『神』と呼ばれる者が、暗黒の海からは後に『獄王』と呼ばれる者が同時に生まれた。

 

 それは、奇跡には違い無いが、この星が出来る前から定められていた事なのかもしれない。

『神』は周りの物質を取り込みまた、『光』を放ちながら驚くべき速度で成長と突然変異を繰り返し、やがては独自の意志を持つようにさえなった。

『獄王』も同じように、暗黒の海の成分を吸収していったが、『神』とは違い、『闇』を増幅させながら『神』にも匹敵する速度で進化し、やはり独自の意志を持ったのだ。

 それでも、この時点では両者はお互いに干渉される事もなく『支配』などという知能までを発達させるにはいたらなかった。だが過剰な進化は、敵対を招くようになる。

 

 80億年後(20億年前)……

 『神』と『獄王』は究極ともいえる進化を遂げ、互いに異なる意志を持つようになった。その意志は支配欲も生み出し、対立はここから始まることとなる。

 世界は、神の支配する大地と獄王の支配する海とに分かれた。

 星は温度をさらに下げ、神と獄王以外の生命体も次々と誕生していく。大地には植物が生い茂り、海には多種多様な生物が生まれた。空は青く澄み渡り、海は美しく透明で空と同化するかのようだった。

 だが、知能を持っていたのは神と獄王だけだった。神も獄王も、単体で子を作ることが可能で、誕生してからの45億年間、他の生物に全く干渉されず20000回にも及ぶ世代交代と突然変異で、他の生物を遥かに凌ぐ知能と力を身につけていたのだった。

 

 神と獄王は争った。

 

 その波紋は大地を裂き、海を割り、犠牲となった生物が世界を血で染め上げた……

 そして、数万年にも及ぶ戦いで神と獄王は力を削られ、その無意味さを知り争う事をやめた。その後、神と獄王は力のほぼ全てを用いて、星を……惑星シェファを3つの小惑星へと分割する。

 小惑星はそれぞれ『天界』、『中界』、『獄界』と区分され、『天界』は神が、『獄界』は獄王が統治する事となる。『中界』は『天界』と『獄界』の中間に位置し、緩衝帯としての役割を持つ不可侵領域とした。

 こうする事によって、神と獄王は距離を置き平和に更なる進化を遂げられる筈だった。

 

 しかし、現在から僅か数100万年前……再び神と獄王が対立する事象が発生する。

 それまでは互いに干渉される事無く、自分の持つ『界』を発展させ進化させ続けていた。『天界』には『天使』という生命が生まれ、時を同じくして『獄界』には『魔』が生まれた。

 驚異的な速度で知能を有した生命が増殖し、幾度か『相対する界』へ侵攻しようと企てる者も居た。

 だが間に在る『中界』のお陰で、界の対立迄には至らず平和な時が流れていたのだ。

 

 それを終焉へと導いた事象とは、『神』が『獄界』に断り無く、緩衝帯である筈の『中界』に『人間』という生命体を多量に創った事である。

 

 非支配である事で意味を為す『中界』が侵された事に獄王は激怒し、同様に『中界』へ魔を送った。

 両者の間で修復不可能な深い溝が生まれ、現在もそれは続いている。『中界』は人間と魔が混在する世界となったのだ。

 

そして、大いなる悲劇は
天界で生きる一人の天使から始まる。

 

  

目次 第一章 第一節