「な……何故だ……何故なのですか!?」

 俺は崩れ行く父を支えた。俺の体は完治していて……それどころか、かつてない程の力が溢れている!

「ふ……これが、『神の継承』だ……我の全ての力はお前に託した」

 エファロードの最終段階……それが『神の継承』!何故……父が俺……いや私にそれを!?

「私は、貴方の計画を阻止する為に来ました。それなのに何故!?」

 私は息も絶え絶えの父を強く抱き締める!この人は神……でも、たった一人の父親なんだ!

「我は……この星に二人の子を遺した。我にはもう寿命が迫っていたのだ」

 目をうっすらと開けて父は微笑む。私は堪らなく悲しくなり……涙が頬を伝う……

「……父さん!死んではいけない!」

 私はすぐに治癒の神術を施す……だが……

「無駄だ……『聖命』を行い、『神の継承』を行った今……我を救う手立ては無い。お前達は……『愛』を命題にした子供達……ここまで強く成長するとはな……ハルメスもまた……己の信じる道を進んでいった。だが、もう我もお前も奴に会う事は出来無い」

 父さんが意味深な言葉を言う……すると、空に兄さんの姿が浮かび上がった!これは……映像の転送!

 

「ふ……親父も……最後に俺の姿が見たかったのかい?」

 

 兄さんはこちらに気付いているようだ……あんなにも血を流して!それに、この場所は!

「ルナ、ここは輝水晶の遺跡だ……悪いな……約束は守れないぜ……後の事は宜しく頼んだ。獄界への道は……俺の魂で封鎖させる。シェルフィアといつまでも仲良くやれよ」

 兄さんが……そんな馬鹿な!?帰って祝杯を上げるって約束したじゃないか!?

「兄さん!やめろ!やめてくれ!」

 私は喉が張り裂けるような声を上げる!届いてくれ!

「……ルナ、そんな悲しい顔をするなよ……見えなくても俺にはわかってるんだぜ……俺の魂は……この装置の作動に使うけど、消えるわけじゃない。俺はティファニィと一緒なんだ。心配するなよ……唯、会えなくなるだけだ……これが……俺の生まれた意味だからな……ティファニィを愛し……獄界を閉ざす事が」

 兄さんはもう目も見えていないのか!?私は映像の場所まで全速力で飛んだ!だが!

 

「またな」

 

「兄さん!兄さぁぁ……ん!」

 叫びは届いただろうか……それはわからないが……兄さんが消えていく姿だけが目に焼きついた。

「うぅ……何で」

 私は涙で前も見えずにその場に崩れ落ちた……そこに、シェルフィアとリバレスが近付いてくる。

「ルナさん、皇帝」

 シェルフィアも涙を流していた。しかし、彼女はそれを拭った!

「ルナさん!泣いてはダメですよ。きっと、皇帝が悲しみます。私達は……前を見ないとダメなんです!」

 彼女は強い……確かにそうだ……しっかりしなければ!

「……お前達は良くやったな……我も望んで人間界を滅ぼそうとしたのではない。我には、中界をもう一つ創る程の余力は無かったのだ。お前達二人を生んだのは、人間達に『愛』を持つ事で……人間を救えるのではないかと思ったからだ。だが、お前達が生まれた後に我は獄王より人間界の是非について強く言及される。それで、『新生・中界計画』を発動させたのだ。人間達を守る為にお前達は戦った。そして、お前達は勝利を勝ち取ったのだ」

 父さんは事の真相をゆっくりと話し始めた。だが、もう声も弱々しい……

「父さん!そんな事はどうだっていい!何故……私達の為に……兄さんも貴方も死のうとするんだ!?」

 私は溢れそうになる涙を堪えながら叫んだ!

「……それは……お前が、我の大切な息子であり……ハルメスが愛した弟だからだ。お前にもわかるだろう?自分以外の誰かを大切に思う心……『永遠の心』を?そして……これから先……どうなるかわかるか?」

 私は父の手を握った!段々……冷たくなってきている!

「……心はわかります!でも、でも!」

 私は首を振りながら声を上げる。すると、父さんが私の頭を撫でた!

「心配するな……ルナリート……我々の事は心の片隅で覚えてくれているだけでいい……その心は永遠だからな……そして……この後……どうするかはお前が決めるんだ。あの椅子に座るかどうかを」

 父が指差した先の椅子……あれは、天界の維持にエネルギーを注ぐ椅子……

「……今、『神の継承』を受けて……『記憶』が全て目覚めました。私は、天界の統治者……でも、あの椅子はもう必要ありません。天界は……今日を持って人間界と同化します」

 私はそう言い放った。今までの神は全て、天界を維持し続けてきた。しかし……私には天界の必要性が見当たらない。天使も人間も……同じ魂を持っているのだから!

「そうか……運命を変えるのだな。それも良かろう。今日が歴史の変わり目となる。……ESGを摂取出来ない天使は、やがて力を失い人間と同化していく事だろう。人間だけが創り出す世界……だが、例外はある。お前と……シェルフィアだけは力を失う事は無い。お前達が……人間界を支えていくんだ。そろそろ……時間だ……我もハルメスの下へ」

 そう言って……父さんの体は……砂のように消えていく……

「必ず……良い世界を創ります!」

 最後に父さんは微笑んだ。その顔は神としての顔ではなく……子を持つ一人の父親の顔だった。

「ルナさん?」

 シェルフィアが私の手を握り締める。私は、それに優しく微笑む。

「……これから大変になるだろうけど、シェルフィア、君がいれば大丈夫だから……唯……全ての人々の幸せの為に……いや、何より私達の幸せの為に生きよう!帰ったら……式を挙げような」

 私がそう言うと、シェルフィアは嬉しそうに私に抱きついた。私はその頭を優しく撫でる。

「リバレス、お前もこれからずっと宜しく頼むよ」

 そう言って私はリバレスの方を見た。すると……リバレスはとても穏やかな表情で笑っていた。

「良かったわねー……ルナ、シェルフィア」

 何処か遠い目をしている。私は理由がわからず問いかける。

「急にそんな顔をしてどうしたんだ?」

 今までずっと一緒にいたけど、こんなリバレスを見るのは初めてだった。

「……今までありがとう……ルナが主人で良かった。そして、大切な人が出来たからわたしは笑ってサヨナラ出来る」

 さよなら!?一体何を言ってるんだ!

「何を言ってるんだ!?変な冗談はよせよ!」

 私はリバレスを捕まえようと手を伸ばすが……飛び回って逃げる。

「……わたしは『天翼獣』……天界で生まれ……天界と共に消えるの……わたしはその事を知ってたわ。ハルメスさんと約束したの……ルナとシェルフィアを幸せにしようって」

 戦いが始まる前から二人は……犠牲になるつもりで!だからあんなに悲しそうで!

「リバレスさん!行かないで!」

 シェルフィアが叫ぶ!突然の別れの話に取り乱す……

「私が……あの椅子に座ればお前は救われるんだろ?」

 私はそう言って、椅子に向かおうとする。だが!?

「絶対にダメ!あれに座ったら、ルナはこの場所で一生一人ぼっち……そんな事はわたしが許さない!」

 リバレスはそう言って、滅炎で椅子を焼き払った。何という事を!

「リバレス、お前は……最高のパートナーなんだ。行くなよ!」

 私は、ここで涙を堪えきれなくなった。こいつが生まれた時から一緒なんだ。なのに!

「ルナー、ありがとう……楽しかったわ。わたしはルナの事死んでも忘れない。だから、少しだけ肩の上に座ってもいい?」

 リバレスは尚も微笑みを絶やさずに私の事を見ていた。

「……あ……あぁ……お前の好きなだけ座ってるといいよ」

 私がそう言うと、リバレスは嬉しそうに肩の上に座った。

「……わたしはここが一番好きなのー……でも、今度生まれ変わる時は……人間がいいな」

 それを言い終えた時……彼女の目にはうっすら涙が滲んでいた。

「……リバレス!……さよならは無しだ……必ず……また会えるからな!」

 私が指で彼女の頭を押そうとした時だった。指が彼女の頭をすり抜けたのだ!

「……うん……それじゃー……起こしてくれるのを待ってるから……おやすみなさい」

 リバレスは穏やかな顔をしていた。眠っている赤子のような安らかな顔だった。

「おやすみ」

 やがて……私の肩が軽くなったのを感じた時……それが遠い別れだと気付いた。

 

「うわぁぁ!」

 

 私とシェルフィアは……しばらく悲しみに暮れていたが……やがて立ち上がった。

「シェルフィア、大切なものをたくさん失ったけど、私はずっと君を愛していくから。誰よりも幸せにならないと……皆に怒られるよ」

 私はシェルフィアを優しく……そして強く包みこむ。周りはいつの間にか星が瞬く夜だった。

「はい、私もずっとあなただけを愛していきます。フィーネだった時からの夢……これから叶えていきましょうね!」

 私達は……星空の中で夢中になってキスをした。ここには私達以外に誰もいない。でもここで、生涯一人で生きてきた父さんはきっと孤独だったんだろう。だから、愛の為に生きることが出来る私達を生んだ。私はそんな気がした。もし、私がここで死ぬまでシェルフィアと二人だったとしても孤独など感じないと言い切れるからだ。

 

「あっ……ルナさん、掌を開いて空を見上げてください」

 シェルフィアが私に囁く……私は言われるままに空を見上げた……

「雪だな。もしかしたら……皆が降らせてくれたのかもしれない。帰ろうか……私達の故郷に!」

 私はそう言ってシェルフィアを持ち上げた……まるで、ミルドの丘で再会した時のように……

「はいっ!……ルナさん、大好きです!」

 シェルフィアが私に飛びついてくる。もう何も心配するような事はないんだ。

「私もシェルフィアが大好きだよ。……ずっと『永遠の心』に皆の事も刻んで……一緒に生きて行こう!」

 

リバレス、兄さん、そして、父さんのお陰で
今の私達はある。

皆が作ってくれた未来……大切にしなければ
ならない。

何があっても私達は決して負けない。
『永遠の心』が存在し続ける限り……

夢を持ち……それを信じて生きて行けば……
強い想いがあれば必ず叶う日が訪れる。

 

 

 人に『心』がある限り……私達の物語は終わらない

 

 

 

−幻想小説ハートオブエタニティ−


−第一部 永遠の心−




 著作−焔火 紅

 

 −完−

 

 

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