〜狂えし歴史の歯車〜

 最上階に到達すると、バルコニーがあったのでそこに私は降り立った。そこにある扉を開けようとした時……

「ルナ!お帰り!」

 扉がバンッと開き、兄さんが駆け寄ってきた。200年前より少しやつれた顔……

「兄さん、長い間お待たせしました!」

 私がそう言うのを待たずに、兄さんは私を痛いぐらいに抱き締めた。

「ああ……大変だったぜ」

 兄さんは泣いていた。私にとっての200年は眠りながら過ぎた刹那の時間。しかし、兄さんにとっては長い長い時間だったのだろう。こうして私達は、しばらく再会の喜びを分かち合っていた。

 

「ところで」

 兄さんは、さっきの魔の騒動に気付いていたようでその事について聞いてきた。私が倒した事、シェルフィアの事などを伝えた。

「そうか……すまなかったな。俺が行こうとした瞬間に魔の気配が消えたから不安だったんだ。それはそうと、シェルフィアはなかなかいい子だっただろう?」

 兄さんは、微笑みながら何故かシェルフィアの事について訊いてきた。理由はわからないが。

「はい、性格がフィーネに似ていましたね。人間の女性はみんなあんな感じなんでしょうか?」

 私は、それを疑問に感じたので聞き返してみる。

「はははっ!やっぱりお前らしいな。人間の女性も色々いるさ!まぁ、稀に似ることもあるけどな。シェルフィアは、今世界で起こっている戦で両親を失った所を俺がこの城に連れてきたんだ」

 兄さんは笑い出す。その真意は読めない。何故そこまでシェルフィアに固執するのだろう?

「ハルメスさん、ルナはずっと鈍いんですよー」

 リバレスまで笑い出す。一体どういう事だ?

「その話はまた後にして……お前に話す事がある」

 そう言うと、さっきまでの柔らかい顔とは変わって兄さんの顔は真剣そのものになった。私もすぐに身構える。

「はい、どんな話でも聞きましょう」

 そうして、私達3人は兄さんの個室に向かった。個室は豪勢で、金銀宝石で装飾された兄さん専用の椅子。シルクのベッド。天井にはシャンデリア。そして、誰だかわからないが女性の彫像があった。その彫像は美しく、とても優しい目をしていた。それは恐らくティファニィさんを象ったものだろう。そう考えていると、沢山の美味しそうな料理が山程運ばれてきた。話の準備は整ったのだ。

「何から話そうか……まず、俺が皇帝になったのは知っているな?」

 兄さんは椅子に腰掛け、大理石のテーブルに手を重ねて私の目を見てそう質問してきた。

「はい。少し驚きましたけど、何故皇帝なんかに?」

 兄さんが皇帝になったのは、私にとって不思議な事だった。兄さんは権力など欲しないはずなのに。

「ふっ、それは俺が進んでやのった事じゃない。群集に半強制的に任命されてな」

 そこで兄さんは溜息を漏らした。これだけの規模の街……いや、国を治めるんだ。大変な事だろう。

「確かに兄さんならば、頼りにされて当然ですよ」

 私は微笑んだ。私が誰より頼りにしている兄なんだ。人間が頼ってきても不思議はない。

「堅苦しいのは好きじゃないんだがなぁ……まぁ、それを知っているなら話は早い。俺が説明したいのはこの200年と、これから起きる事についてだ」

 兄さんは照れていたが、すぐに真剣な面持ちに変わった。

「一体何があったんですかー?」

 私の肩に座るリバレスが即座に聞き返す。

「人間界の進歩は目まぐるしい……この200年で凄まじい違いだ」

 兄さんは一瞬遠い目をした。確かにこの街の変化を見れば、昔の面影は神殿にしか残されていない。

「どのように変わったんですか?」

 私もテーブルの上に手を重ねた。話は長くなりそうだ。

「まず……文明の高度化だ。もしかすると、近い未来には天界に匹敵するかもしれないほどだ。そしてその文明で人間は武器を作り、ある程度の魔となら対等に渡り合える程の武力を得た。そんな中で、力と強い支配欲を持った人間が現れたんだ。それが、『リウォル王国』の国王だ。国王は、俺が治めるこの『フィグリル皇国』に対して宣戦布告をし、世界は二つに分かれて戦争中なんだ!」

 兄さんは悔しそうにテーブルを叩く。すると、大理石のテーブルに亀裂が入った。

「何故そんな事に!?兄さんの力なら、そんな人間など押さえつける事など容易なことでしょう?それに、人間どうしで争っている余裕などあるのですか?戦うべき相手は魔でしょう!?」

 私もドンッとテーブルを叩いた。テーブルの亀裂が増える。

「……そうだ。俺が力を使えば、一つの王国を滅ぼすのは容易い。しかし、それは何の解決にもならないんだ。次は別の人間が同じような考えを持ち、戦争を起こそうとするだろう。だからこそ、全ての人間が納得いく形で平和的解決をするしかないんだ」

 兄さんはガックリと頭を垂れた。兄さんの言う事はもっともだ。それに、私達は人間を愛している。滅ぼす事なんて出来はしない。

「悪い事を考える人間もいるもんねー」

 リバレスもガッカリしたように首を振った。彼女の人間観も変わったものだ。昔は、あんなに人間を見下していたのに。

「それだけならまだ良かった。争いは、ルナとリバレス君と一緒なら必ず解決出来る。問題は、もう一つの事だ」

 そう言った瞬間……兄さんの目が恐怖に満ちた。よほどの事だろう。私は覚悟した。

「……『計画』ですか?」

 私は心臓が高鳴るのを感じながらそう言った。

「……その通りだ。『計画』……現在の『神』が打ち出した獄界との和平策……それがどんなものだかわかるか?」

 兄さんは声のトーンを下げてゆっくりと訊いてきた。

「……想像していた事とは違う事を願います」

 私は祈るように目を閉じた。最悪の想像が頭に浮かぶ……

「お前の思う最悪の事か……それ以上の事だ。お前が眠ってから、魔の侵略は小規模なものだった。皮肉にもそれが人間の戦争を起こす原因にもなったのだがな。それよりも、魔の侵略が今まで小規模だった理由……それは、『計画』の為に力を温存していたからだ。魔だけじゃない、『計画』には全ての『天使』達も加担する。100年前に、俺に無駄な取引を迫った司官ノレッジより知らされた内容…… たった3ヶ月後……『天使』と『魔』……そして、『神』によって行われる計画……その名は」

 

『新生・中界計画』!

 

 司官ノレッジ!?いやそれよりも、計画の名は最悪の想像通りだ……いや、天使と魔が共に行う計画というのが想像以上だ!それに、3ヶ月後!?もう僅かな期間しか残されていないじゃないか!?

「聞きたくはないですが……詳細は?」

 まさか……いや、そこもで残虐な行為は許されるはずがない!

「……人間界を……中界として再生させる計画だ……人間界にいる人間……いや、全ての生物が殺し尽くされる!」

 その言葉を聞いた瞬間……私と兄さんとリバレスは同時にテーブルを叩いた!テーブルは粉々に砕け散る。

「そんな事は絶対に許さない!私が……いや、皆で必ず阻止しましょう!」

 私と兄さんとリバレスの思いは一つだった。天界や獄界の都合で、この世界が滅ぼされるなどあってはならない!元々、人間界は天界の都合で創ったものだろう!?天界の為に生きてきた人間が……罪の無い人間がこれ以上の苦痛を味わってはいけないんだ!魂は……みんな同じなんだ。心も変わらない。私は命を懸けて戦う!

「ルナ、そしてリバレス君。共に戦おう!俺達は、人間界を守る!そして……最後に目指す姿はわかるか?」

 私達は手を取り合った。そして、兄さんがわかりきった質問を私に問う。

「わかっています。私達が最後に目指す姿は……全ての者の幸せです。人間、天使、魔、エファロード、エファサタン、そして全ての生命にとっての!」

 兄さんとリバレスは強く頷く。その為に戦おう!しかし、その前にやらなければならない事が一つある。

「兄さん、その前に私はやるべき事があります!」

 私は強くそう叫んだ。私にとっては何より大切なもの……それを見つける事だ。

「わかってる。フィーネさんは、ちゃんと転生してるぜ!獄王が、気を遣って早めに転生させたのかもしれないな……転生して、もう19年が経ってる。彼女は、今19歳になったばかりだ。しかも、この街にいるぜ!」

 私は、その言葉の終わるか終わらないかの瞬間に、この部屋を飛び出した!翼を広げ、街に飛び立つ!兄さんもリバレスも置いて……

「フィーネ、会いたかった!今行くからな!」

 会えばわかる!探せば見つかる!私はそう信じて、夜のフィグリル皇国の空を舞うのだった!

 

 

 

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