飛行を始めて僅か40時間。俺はついに塔の最下層へと下る階段の前まで辿りついた。この下に、獄界へ通じる入り口がある。この塔に入って5日間……ほとんど眠らずにここまで辿りついた。ここから先に、真の苦難が待ち構えているに違いない。俺は翼をたたみ、最後の階段を駆け下りた。すると、部屋の中心に彫像とレリーフがあるだけで扉は見当たらなかった。

「(出口が無いわねー?)」

 リバレスも不思議がるので、俺はレリーフに目を通した。

『ここは……獄界へ通じる間……闇を模したこの像に……獄王の名を叫ぶ事で……獄界へと招かれる』

 何という事だ!ここまで来て……神の名すら知らない俺が獄王の名を知るはずもない!

「無駄だ。堕天使ルナリート!」

 背後から声がした。全く気配など感じなかったのに!俺は振り向きざまに剣を構える!

「ワシの名は、ファング。獄王様の側近……ワシを殺したいのならば殺すがいい。だが、貴様は獄界へ行く事は出来ん!」

 巨大な狼のような魔……黒色の体に金色の目……体長は3m近くあるだろう。力も半端ではない!

「俺はフィーネの魂を救いたいんだ!頼む!ここを通してくれ!」

 無理な事はわかっている。俺は魔を殺し過ぎた……その魔の同族が俺の肩を持つなど有り得ない。だが、頼むしかなかった!

「いいだろう」

 驚いた!何故かファングと名乗る魔がそれを了承したのだ!

「すまない!」

 俺は思わず頭を下げた。こんなに上手くいっていいものだろうか?

「だが、獄王様の命令で一つ条件がある」

 やはりそういう事か……獄王が俺に出す条件とは?俺の首でも望みだろうか?

「言ってくれ」

 俺は意を決してそう訊いた。

「『天使の指輪』だ。貴様の強力なエネルギーを吸収した指輪を獄王様に献上する事が条件だ。それを呑めば、獄界に案内しよう」

 そんな!天使の指輪を外せば、俺は天使としての資格を失い……天界には二度と戻れない!さらに、指輪を渡すという事は俺の力を獄界の者が得るという事だ!それはつまり、獄界の者は神術も魔術も全て使えるようになる。天界の力が獄界に渡るんだ。俺一人の所為で!だがハルメスさんは言っていた。指輪を外せば、俺の力は制御されないようになると……

 フィーネの為に俺が天使としての自分を捨てるのは容易いが、獄界の力が増大するのは不安だった。

「(ルナー!ダメよー!)」

 リバレスが叫ぶ!それはそうだ……世界を変えるような決断なのだから!俺はしばらく迷っていたが、結論が出た。

「いいだろう」

 

 俺はそう言って、右手中指に1826年間光り続けた指輪を外した。俺には、世界よりも……フィーネが大切なんだ。

 

 天界や人間界を危険に晒すのは承知していた。しかし、指輪の力は俺の力の一部……魔が大軍で攻めて来ても俺が全力で守ればいい。いや……ハルメスさんと共に戦えばいいんだ。俺も、この時ハルメスさんと同じように天使ではなくなってしまった。

「ルナー!」

 リバレスがテレパシーも使わずに大声で叫んだ。無理も無い。俺はもう天界には帰れないのだから。

 だが、不思議と未練は無かった。天界に戻る理由もない。フィーネさえ生きていてくれれば!

「確かに受け取った。そんなにも、あの女の魂が大事か!?貴様のエゴが、天使や人間を破滅させる事になるというのに」

 奴はニヤニヤ笑っていた。確かに常識的に考えて、愚かな選択だと思う。そう……君に出会うまでは……

「約束通り、獄界に案内しよう……そこからは、自分の力で獄王様に辿りつくんだな!指輪は、獄界に招く条件だ。その後の交渉は貴様次第というわけだ!」

 そういう事か!これでフィーネを救えるというわけでは無いんだ。予想はしていたが、まだ道は険しい……

「さっさと案内しろ」

 俺は内心、この魔に怒りを覚えていた。俺はうまく騙されたのだから!だが、獄界まで行ければまだ希望はある!

「ハッハッハ!愚かなエファロードよ……獄界で後悔するがいい!」

 

 

 

『フェアロット・ジ・エファサタン!』

 

 

 

 魔が、獄王の名を叫んだ瞬間だった!体が、霧のような
エネルギー膜に包まれていく!

 恐らく、ここから獄界に転送されるのだろう。

 指輪を外して、未だ体に変化は無い。

 段々意識が遠のいてきた。

 

 フィーネもう少しだ……

 

 だが、俺はこれから先に待ち受ける真実と道を……この時は何も知らなかった。

 

 

目次 第二節