〜幸せの時〜

 ここは、リウォルの街。金属加工業が盛んな街だ。街は、石造りで強固な外壁を持っている。今まで見て来た街や村の何処よりも近代的で、民家や店などが数多く整然と並んでいる。それらの建造物も石造りで、ドアや窓枠は鍛えられて加工された鉄が使われている。また、道の大半も舗装されており、その上を歩く人々も色とりどりの服を着て楽しそうだ。この街からは『魔』の気配がせず、平和そのものだった。

「この街は平和なんだな」

 私は、独り言のようにフィーネに言った。

「そうですね。この街は、魔物の侵入を防ぐ外壁と、鉄を鍛え上げた強い武器がありますから」

 フィーネは、この街の様子が羨ましそうだ。道行く人々の笑顔や、女性の華やかな衣装……物珍しい世界の品々。フィーネの視線が様々な所に向いているのを私は見逃さなかった。さらに、彼女は自分の服を見て溜息をついている。

「買い物をするんだろ?まず、服屋に行こう」

 と、何故か落ち込み気味のフィーネの肩を叩いた。

「えっ!?服屋に行ってどうするんですか!?」

 心の内を読まれたと驚いているのかもしれない。

「勿論、フィーネの服を買うんだよ。フィーネがいい服を着れば、そこら辺にいる女性は誰も勝てはしないさ」

 私は本心を言ったが、少し照れていた。

「そんな事ないですよぉ!でもその気持ちだけでも嬉しいです!」

 フィーネは恥ずかしそうに笑った。やっぱり、フィーネは普通の女の子なんだと思った。

 そして、石畳を歩き服屋に着いた。看板には、『リウォル最高の衣服店』と書いてあった。

「多分、この店は高いですよ!別の店でいいですから!」

 フィーネは焦って私の腕を引っ張る。高いと言っても、私の持ち物を売れば大丈夫なはずだ。

「心配しなくていいよ。私のせめてものお礼だから」

 私はフィーネを連れて店に入った。

「いらっしゃいませー!」

 入った瞬間、綺麗に着飾った女性3人が近寄ってきた。

「本日は、ご来店ありがとうございます!どのような服をお探しですか?」

 一人の女性が訊いてくる。しかし、フィーネは、焦って何も答えられない。

「この子に合う最高の服を持ってきてくれ」

 私は、止め処なく喋り続ける店員にそう言った。

「それで……お客様ご予算は?」

 店員の一人が訝しげに私の顔を覗き込んだ。失礼な人間だ。きっと、私達の服がみすぼらしく見えたのだろう。

「これで」

 私は、荷物の中から再び『純金の杯』を出した。ミルドの村で、一つを換金した分の銀貨はまだ沢山残っていたのだが、私達を貧しいと思ったような態度が気に入らなかったからだ。

「はい!大変失礼いたしました!ただいま、最高の服をお持ちいたします!」

 店員達3人は深く頭を下げて大慌てで服を探しに行った。店の中には無数の服が飾られているが、最高の服とやらは別の所にあるのだろう。

「ルナさんっ!私は普通の服でいいですよぉ!それに、何でそんな高価な品を持ってるんですか!?」

 フィーネは慌てながら私の手を握ってブンブン振り回した。よほどの慌てようだ。

「あの杯は、天界では大した価値はないよ。それに、どうせ買うならいい物を買わないとな」

 と、私はフィーネに微笑んだ。物で喜んでくれるなら、人間界で最高と呼ばれている物をあげたい。

「(そうそう、フィーネは遠慮し過ぎよー!せっかくの機会なんだから、もっとルナに甘えないとー!)」

 リバレスが、私に気付かれないようにテレパシーを送っていた。

「はい」

 またも顔を赤く染めて、俯いてしまった。この時のフィーネはいつもより小さく見える。普段でも、私より20cm程小さいのだが。しばらくして、大慌ての店員3人が帰ってきた。その手には持ち切れないぐらいの服を持っている。

「はぁ……はぁ……これでどうですか?」

 30着ぐらいの服があった。シルクのワンピースや白い毛皮のコート、それに鮮やかなドレスなど……人間界にしては豪華な品揃えだ。

「フィーネ、気に入ったら全部買っていいぞ」

 私はフィーネの背中を軽く叩いた。遠慮気味に俯きながらも、見た事もない綺麗な服を見るフィーネの目は輝いていた。

「えーっと……どうしよう……私、こんな服見るのも触るのも初めてなんですよぉ」

 彼女は、恐る恐るシルクのドレスに触れた。この様子じゃ、埒があかないな。

「フィーネ、試着すればいいよ。いいだろ?」

 私は、店員の目を見た。

「はい!どうぞ、好きな物を着てください!」

 3人は、背筋をピンッと伸ばしそう答えた。初めの様子と全く違うな。

 そして、服を持った店員とフィーネは奥の試着室へと消えていった。

「(ルナも人が悪いわねー……わざわざ、杯を出さなくても銀貨はいっぱいあったのにー)」

 リバレスは呆れたように言った。私も普段ならこんな事はしないのだが。

「(私は、フィーネの服を見て『田舎者』と侮辱するような目をされたのが許せなかったんだ。)」

 私は正直な理由を話した。フィーネが、他の虚勢を張るだけの者に見下されていい筈がない。

「(なーるほどねーそんなにフィーネの事が……ねー)」

 きっと、リバレスが指輪に変化していなかったら、からかう様な顔で笑われている事だろう。

 その後、綺麗な服を着た可愛いフィーネが現れた。

「驚いた!フィーネは、そんなに美人だったのか!」

 私は思わず思った事を口にしてしまった!白のシルクのドレスを着たフィーネだった。私が、今まで見たフィーネは色褪せたようなワンピースや、皮のコートだった。しかし、今真っ白なドレスを着たフィーネはとても輝いて見える!

「ルナさん、恥ずかしいですよぉ!これじゃあ、まるで花嫁さんみたいです」

 花嫁?さすがにそれはまずいな……いや、買っておいて損はないか。きっとフィーネも喜ぶだろう。

「よし!その服をまず貰うことにするよ」

 私は、店員にそう言った。店員も笑顔で頭を下げる。

「ありがとうございます!銀貨150枚になります!」

 150枚か、杯一つで確か2000枚ぐらいの価値はあるからまだまだ大丈夫だな。

「ルナさぁぁーん!」

 フィーネが恥ずかしくも嬉しそうに慌てる様子を余所に、私は次々と服を買った。

 そして、店員達に見送られながら私達は店を出た。今のフィーネは、薄いピンク色のシルクのワンピースの上に、柔らかい白の毛皮のコートを着ている。そのあまりの綺麗さに、道行く人が振り返る程だ。

「よく似合ってるよ。いい買い物をしたな」

 私は恥ずかしそうに横を歩くフィーネに声をかけた。こんなに人から注目されるのは初めてだったのだろう。

「すごく恥ずかしいけど、すごく嬉しいです!ありがとうございます!」

 彼女は頬を赤くして満面の笑みを見せた。この笑顔が見れるなら安い買い物だ。

 その後、私達は世界中の雑貨が売っている巨大な市場を訪れた。多くの人と物でここは溢れている。

「すごい人ですねぇ!あっ、あれ見に行きましょうよ!」

 フィーネは珍しい物を見ては楽しそうに駆け出していく。このままじゃあ、はぐれてしまうぞ。

「フィーネ、そんなに慌てなくても大丈夫だから!」

 私は右手でフィーネの左手を取った。思えば、これが初めてフィーネと手をつないだ瞬間だった。

「ルナさん!」

 フィーネの顔は炎のように紅潮した。思わず私も恥ずかしくなって、手を離そうとする。

「あっ……ダメですよ!せっかくつないでくれたんだから!」

 彼女は私の手を逆に強く掴んだ。それを見て、私はフィーネに頷いた。

「(二人とも妬けるわねー!わたしは、しばらくお休みするわー)」

 と、リバレスは私達を冷やかした後に、指輪に変化したまま眠ってしまった。器用な奴だ。そこまで気を遣わなくてもいいのに。私とフィーネは手をつなぎ、雑貨店を見て回り、昼食代わりに軽食の露店で買ったクレープなどを食べた。そしてこの街の、名物の劇場で音楽隊の演奏を聴いたりしていると、すっかり日は落ちて夕闇が近付いていた。今日は、一生の内で一番楽しい日だと私は実感していた。……そして、私達の心が通じ合っていくのを感じた。

 

 争いも無く、天使も人間も関係無ければ……私は本気でフィーネを好きになっていたよ。そんな一日だったんだ。


〜混沌の訪れ〜

 私達は、楽しい時の余韻に浸るべく『海辺の料理店』を訪れていた。ここは、リウォルで一番美味しい料理店らしい。

「わぁ!美味しそうですねぇ!」

 私達は、食卓に並ぶ豪華な海の幸や肉料理を中心に向かい合わせで座っている。

「本当だな。……それより、今日は、楽しかったよ。ありがとう、フィーネ!」

 私は少し照れながらそう言った。こんな楽しい一日を貰えた事に私は心から感謝している。

「感謝するのは私の方ですよぉ!私……今日の事は絶対忘れません!大切な大切な思い出です!」

 フィーネは、レニーで貰ったネックレスを握り締め今日買った服を俯きながら見た。相変わらず顔は赤い。

「私もだ。今日は1826年間で一番楽しい日だったよ!さぁ、冷えない内に食べよう!」

 私達は、幸せな空気に包まれていた。しかし、今日一日の中で一つだけ気になる話があった。それは、ある街人の一人が『リウォルタワー』は魔物の本拠地である可能性が高いという話だ。『リウォルタワー』とは、リウォルの街の北東30kmぐらいの場所に位置する古代の塔らしい。その塔に最近魔物が多く出入りしているらしく、近付いた人間は殺されるらしいのだ。……だがもしも、その塔は人間が生まれるよりも前の古代の塔ならば、恐ろしい事が起きるかもしれない。いや、大丈夫だろう。私は一人で考えていた。

「おいしいですねぇ!」

 私の考えを余所にフィーネは一口食べただけで、とろけそうな幸せ顔になった。

「あぁ、この料理は最高に美味いな!でも私は、フィーネの料理の方が好きだけどな」

 正直な感想だった。ここの料理は濃厚な味わいだが、私はフィーネが心を込めて作ってくれた料理の方が好きなんだ。

「えぇ!私の料理の腕前じゃあここの料理には勝てないですよぉ!」

 彼女は笑顔で首を横に振った。お世辞だと思ったのだろう。しかし……

 

 

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