〜レニーの森〜

 私達は森へと踏み入れた。左右には、果樹園や畑が広がり、森という感じがしない。しかし、歩を進めるに従って森の木々の密度が濃くなり陰鬱とした雰囲気に包まれてきた。街に近い部分は開拓されて、遠い部分はまだ未開拓なのだろう。現在時刻は昼ぐらいだというのに、この場所は夜のように暗い……と同時に、私は異様な空気を察知し始めていた。人間では感じる事の出来ない異臭や毒気を感じたからだ。

「ここから先には、きっと魔物がいる」

 私はそうフィーネに告げた。

「わかりました。気をつけます」

 そう、警戒してどんどんと奥へと進んでいった。小川が流れている。道も細くなってきた。ここらが、この森の水源なのだろう。しかし!

「フィーネ!?」

 振り返るとフィーネの姿は無かった!ほんの数分前までは後ろにいたのに…… 

「(魔が現れたのかもねー!?探さないとー!)」

 そこで、リバレスは元の姿に戻り私達は全力で探索を開始した!

 

 数分前……

「……綺麗な花」

 フィーネは、道の脇に現れた美しい赤い花に目を奪われていた。

「……あれ、ルナさん!?リバレスさん!?」

 その時には、ルナ達の姿は無かった。……と同時に視界が霞むのを感じた……

「……私はどうなるんだろう」

 彼女の意識はそこで途切れた。

 

〜レニーの森の水源〜

 ここは、レニーの森の最も奥に位置する水源だ。光はほとんど差し込まない。水は本来の清らかさを失い毒々しい紫色を呈していた。

「……ようこそ……お嬢さん」

 その不気味な声にフィーネは目を覚ました。フィーネの両手両足は草木を束ねた物で縛られている!

「……だ……誰!?」

 彼女は声の主を睨み付けた。その姿は異形の姿……一見巨大な植物にも見えるが、体中がボコボコと膨らみ、赤い血管のようなものが張り巡らされている。頭は毒々しい赤色の花のようで、そこに飛び出た目玉と裂けた口が見える。恐ろしい……彼女は直感した。

「人間によく効く毒を作っている『魔』だよ。ケケケ」

 裂けた口は、憎い言葉を吐いた。その一言でフィーネは、恐怖よりも憎しみに満たされた。

「あなたが!私の村も襲ったのね!?」

 彼女は、動けない体を揺らし怒りの言葉をぶつけた。

「そうさ。苦しむ人間を見るのは楽しくてたまらないんでねぇ……クククッ!」

「私はお前を許さない!」

 フィーネは、歯を食い縛り口から血を流しながら叫んだ!

「まぁ、そう言うなよ……一つ取引をしようじゃないか?オレは……この世界を全て毒で染め上げるつもりだが……お嬢さん、あんたが、この果実を一つ食べきれたら、オレはこの世界から撤退しよう……どうだ?」

 という言葉の後で、この魔物は体の一部から薄気味悪い緑色の果実を取り出した。

「……本当なの?」

 フィーネは自分が無力なのを知っている。戦って勝つ事など出来はしない。『でも、ここで私がその猛毒であろう果実を食べる事で多くの人が救われるなら……この魔物は私を騙しているかもしれないけど、私が人を救えるなら』……という気持ちになっていた。

「魔は、一度言った事は絶対に取り消さないのさ……約束を破るくらいなら死んだ方がマシだからねぇ」

 と、魔物はフィーネを説得した。フィーネは、相手が魔物であっても人間を救いたいという気持ちでいっぱいだった。

「……わかりました。食べます」

 という一言を発した瞬間、フィーネの両手両足の枷は外れた。そして、醜い魔物から果実を受け取った。

「さぁ、食べるんだ!」

 フィーネは、思い切ってその果実をかじった。すると……

「う!」

 彼女は全身に毒が回るのを感じた。恐らく数分もしない内に死ぬだろう!

「バカめ!魔を信じる人間がどこにいる!?ヒャハハハハ!愉快でたまらないねぇ!」

 その時、フィーネは自分の愚かさを感じ激しい憤りの中で意識を失っていった。

 

「そうか……愉快か。それなら、笑いながら死ぬがいい!」

 私が到着したのはその時だった。既にフィーネは毒を食べてしまっている!遠くから声は聞こえていたのだが!

「誰だ!?」

 魔は私を驚きながら見た。

「貴様に名乗る名などない。生憎、時間もない。フィーネが毒で死ぬ前に消えてもらう」

 私は剣を抜いた。リバレスも臨戦態勢に入る。

「お前が例の堕天使か……許してくれ!」

 と、魔は急に大人しくなり跪いた。私は話し合いで解決するなら、と剣を下ろした。

「なんだ?許して欲しいなら、フィーネと人間にかけた毒を解除しろ」

 と、言った瞬間だった!

「馬鹿が!」

 と魔は叫ぶと同時に、頭にある花のようなものから大量の毒霧を放出した!

「くっ!」

 私は突然の出来事で目が眩んだ!

「死ね!」

 魔から伸びる触手が私の脇腹に直撃する!

「保護!」

 リバレスがそう叫び、私をフォローした。私を保護の神術が包み、ダメージはさほどのものではなかった。しかし、脇腹はズキズキ痛む。

「貴様に情けをかけた、私が馬鹿だったよ」

 そう、言いながら私は全力疾走し剣を振り抜いた。

「グアッ!」

 敵の四本ある触手の二本を切り落とした。油断せずに戦えば、倒せる!

「堕天使の分際で……これでもくらえ!」

 その叫びと同時に辺りにある全ての植物が毒化した。そして、植物が私達を襲う!

「キャー!」

 リバレスが、植物の蔦に絡め取られていた!

「どこまでも卑怯な……私を怒らせたな!」

 私は、精神力を集中した。それは、ある神術を使うためだ。

「高等神術……『滅炎雨獄』!」

 この神術は、天界で神官ハーツが使った『滅炎』の効果を広範囲に広げたものだ。

 私の叫びと共に、フィーネとリバレス以外の全ての植物が灼熱の空間に包まれた!半径10m以内にあった植物は消失した。

 同時に、魔も致命傷を負っている!この術は、九割の力が封じられて尚もこの威力……滅多に使うものじゃないな……

「……や……やめてくれ……許してください!」

 しかし……この魔はこの術で死なないのか……ミルドの魔とは桁違いの強さだ……これ以上の敵が現れたら私に倒せるかどうか?

「貴様は言ってたな。約束を破るくらいなら死んだ方がマシなんだろう?本望じゃないか」

「ま……待って!」

 私は、魔の首を切り飛ばした。おそらくこの魔の命乞いを聞いていたら、私達の命が危ない。

「転生したら、他人を騙さずに生きるんだな」

 毒霧を吸って、体がクラクラしていたが、魔を倒した瞬間に全ての毒気が晴れていった。

 森を覆っていた陰湿な空気も晴れていき、明るさを取り戻していくのが目に見えてわかった。

「これで、フィーネの毒も街の毒も消えるわねー!」

 さっきまで、植物に捕まっていたリバレスも元気そうで何よりだ。

「う……うぅん」

 そこで、魔に騙されて瀕死に陥ったフィーネも目を覚ました。しかし、心配の言葉よりも先に言いたい事があった。

「馬鹿が!お前が一番憎んでいる相手をどうして信じる!?私が来るのがもう少し遅かったら死んでいたんだぞ!」

 私は、彼女への心配が怒りになって現れたのだった。

「ごめんなさい……でも、私一人の命でたくさんの人が幸せになるんだって思うと」

 フィーネは申し訳なさそうに、俯きながら涙を溜めて返答した。

「考えが浅過ぎるんだ!あの魔物もせいぜい中級程度の者だろう。おそらく、この世界には他にもっと強力な魔物がいる。そして、 魔物は人間そのものを滅ぼそうとしているんだ。(それは、神が何らかの理由で中界を人間界に変えたせいなのだが)そんな奴等がたった一人の人間の娘の言葉に耳を貸すはずがないだろう?わかったら、これからは軽率な行動を控えるんだ!」

 私は感情に任せて、人間が知らない事まで言ってしまいそうになった。

「……わかりました。でも、どうしてそんな事を知っているんですか?」

 と、フィーネは私が隠している事や知っている事を知りたそうだ。

「訊かない約束でしょー?」

 と、リバレスはいいタイミングで横槍を入れた。

「……はい、でも、もし教えてくれる気になったらお願いします!私は何でもしますので!」

 と、またフィーネは私の手を握りお願いしてきた。

「それと……助けてくれてありがとうございます!」

 感謝の言葉と笑顔も忘れていなかった。

「あぁ……気が向いたら少しぐらいは話してもいいかもな」

 フィーネという人間に、少しずつ心を許していく心を私は感じていた。

 なぜ、この娘は自分よりも人の幸せの事を考えられるんだ?人間も、私達と同じように考えを持ち幸せを追求する生物だという事が最近わかってきた。いや、フィーネに限っては私の想像を超えるかもしれないな……

 そんな事を考えながら、私達はレニーの街への帰路についた。途中の道の霧は全て晴れて、眩いばかりの光が森を照らしていた。

 森の出口が見えた時、既に日は傾いていた。人間界の一日は過ぎるのが何と早い事か……

 私は、過ごす一日一日が新鮮で、新しい発見に満ち溢れている事が楽しかった。

 そして、これが本当の意味での自由なんだと実感していた。

 

目次 第六節