〜嵐の中で〜

「ドンドンドン!」

 ドアを激しくノックする音に私は目を覚ました。そういえば、天界でも同じような音で目を覚ました事がある。

「ルナリートさん!大変です!魔物が!」

 魔物!?それは大変だ!私は、ベッドから抜け出し剣を持った。傍らに置いてある時計は、まだ午前6時にも達していなかった。

「あれ……ルナーどうしたのー?」

 リバレスが寝ぼけ眼を擦ってソファから起き上がった。

「リバレスさん!魔物ですよ!」

 私とほぼ同時に目を覚ましたフィーネがそう答える。

「二人はここにいろ。もしもの時は、リバレスがフィーネを守ってやってくれ!」

 私は、二人を安全な場所に置いて出発する事にした。全く……ドアノックで起こされる朝はロクな事が無い。

「ルナさん!気をつけて下さいね!」

 フィーネが心配そうに表情を曇らせて私を見送る。その顔は今までに無いくらい不安に満ちている。

「大丈夫だから。すぐ戻ってくるよ。約束する」

 私は、微笑んでからドアを開けて外に出た。そこには、真っ青な顔をした船員がいた。腰が抜けているのか、その場に座り込んでいる。私は神経を集中した。すると、船の甲板の方に魔の気配を感じた!気配は複数いるようで、なかなかの力の持ち主だ!しかし、魔を倒さないとフィーネも守れない!私は、自分にそう言い聞かせて甲板への階段を走り抜けた!

 

「ビュオォォー!」

 甲板に出ると、物凄い雨と風が吹き荒れる大嵐だった。船が右へ左へ激しく揺れる!立っているのもやっとだ……嵐の所為もあるが、時刻がまだ早かったので辺りはまだ暗かった。だが、微かな明かりの中で転がっている人影を見つけた!

「大丈夫か!?」

 船員だった。血塗れで……瀕死の重傷なのは一目でわかる。

「……はい、僕の事は放って置いて、魔物を!」

 そう言って、船員は気を失った。魔の気配はするが、姿が何処にも見当たらない!

「バシュッ!」

 一瞬、そんな音が聞こえたと思ったら、私に槍のような物が飛んできた!私は咄嗟にそれを剣で弾く!

「海の中か?」

 私は揺れる船上を走り、手摺に捕まって海を見た。すると!

「ギャギャギャァァ!」

 船の周りを、異様な魔が異様な金切り声で叫びながら囲んでいる!その数100体以上!その姿は……体色は黒褐色、全身が鱗に覆われている。まるで、魚と人間のような形を融合したような異形の姿だ……

「ギャッギャー!」

 私を見つけた魔は、一斉に魔術で作った槍を私の方に投げた!100本の槍が私に向かう!避けきれない!

「中級神術……『結界』!」

 私は、自分の周りだけに密度の高い強力な結界を張った。魔の槍が私に届く前に全て消滅する!

「低級魔が……これでも喰らうがいい!」

 私は結界を解き放ち、海に向かって精神を集中した。

「高等神術……『雷光召喚』!」

 そう言った瞬間、空中に強力な電場が発生する!

「バリバリバリッ!」

 船の周りの海に、荒れ狂う雷が落ちた!海の成分は電解質で、電流をよく通すのを私は知っていた。

「ギャァァアァァ!」

 一層高い金切り声の叫びと共に、魔は海の藻屑と化していった。

「ヨクモ……テシタヲォォ!」

 魔を全滅させて油断していた私は、手下と同じような姿をした敵の首領に背後を取られているのに気付かなかった!

「くっ!」

 魔は、私を羽交い絞めにする!とてつもない力で絞められた私は剣を落とした!今の私の力では動けない!

 神術を発動させるのにしても精神力を使い過ぎていた。何という事だ!

「ヒャハハハ!シネェェェェェ!」

 魔が、尾を伸ばして槍の様な形状にしているのを、私は後ろ目で見た!万事休すか!

「ヒュッ!」

 鋭い槍が私の頬を掠った!必死の思いで体を捩って、何とか直撃は免れたが……次は無い!その瞬間!

「(キィィーン!)」

 リウォルの波打ち際で感じたのと同じ殺気を感じた!こんな時に別の敵か!

「パキィィーン!」

 そう思った瞬間だった。まるで、ガラスが砕けるような音がして私を絞める力が弱まった!即座に私は振り返る!

「フェアロット……サマァァ!」

 すると……そこには意味のわからない断末魔と共に、魔が氷の彫像と化して砕け散っていく姿があった。フェアロット?

 誰の事だ?いや、それよりも今の魔への攻撃は!?わからない事が重なって……私が呆然としていると、既に先程の殺気は

 完全に消えていた。すると、私は殺気の正体に意識が集中した。

「……私を守ったのか?これは、高等神術『絶対零度』?」

 完全に、魔のみを狙った攻撃だった。この凍り具合といい、エネルギーといい……神術の『絶対零度』の跡に酷似していた。しかも、こんなにも狭い範囲でここまでの力を発揮出来る者は、皆無に等しい……リバレスは高等神術を使えないし、私でさえここまで正確に……完璧な氷の神術の発動は出来ないのだ。炎を操る神術には自信があるのだが。

「いや……それよりも……私とリバレス以外に神術を使える者がいるのか!?」

 私は思った事を、無意識に口にしていた。それ程の驚きだったのだ。完全無比な氷の神術……

「まさか……いや違う!」

 脳裏に一筋の推測が立ったが、私はそれをすぐに打ち消した。それを真実にすると恐ろしい事になるからだ。

 私は、さっきの怪我をした船員を医務室まで運んでから戻る事にした。幸い……時間が早い所為もあって、人間離れした戦いを見た者はいなかった。気がつくと、午前7時前になっていて日が昇り始めた。嵐はほとんど収まって、船は安定した旅を続けられそうだ。

 部屋に戻ると、泣き出しそうなフィーネが私に飛びついてきた。

「ルナさんっ!心配しましたよぉ!」

 私に抱きつき、フィーネは号泣した。余程、心配だったんだろう。私は、頭を優しく撫でる。

「約束したじゃないか……心配かけてごめんな。リバレスもありがとうな」

 テーブルの上に座っているリバレスもうっすらと涙を浮かべていた。きっと、私の肩にでも飛んで来たかったのだろうが、フィーネがいるので我慢しているようだった。この日は、一日中『殺気』の正体を考えていて上の空だった。

 そして、夜になってベッドに入って、リバレスが眠りに就いたのを確認してから……突然フィーネが私に話しかけた。

「……ルナさん、一体何があったんですか?朝から様子が変ですよ」

 私の右に寝ていたフィーネが、私の方を向いて訊いてくる。暗がりではっきりわからないが、心配している顔だ……

「……鋭いな……私の様子はそんなにおかしかったか?」

 私もフィーネの方を向いた。お互いの吐息が届く距離だ……

「はい、ずっと考え事をしてるみたいで……心配なんです」

 そう言われると嘘はつけないな……でも、曖昧な推測でフィーネを不安にさせるのはもっと可哀想だ……

「……ただ、目に見えない敵が恐ろしかっただけだよ。でも、私は何があってもフィーネを守るから!」

 我ながら、余計に不安感を与えそうな返事だったに違いない。しかし、こう言うしかなかった!

「……目に見えない敵……ですか?リウォルの海辺で感じた……恐ろしい空気の事ですよね?」

 何と、フィーネはあの時に気付いていたのだ!私は驚いて目を見開いてしまった!……もう隠せない。

「……ああ、そうなんだ。でも、あれが誰であろうと、私はフィーネを守る!誰にも邪魔はさせない!」

 私はそう言って、フィーネを抱き寄せた……今までの不安感を拭い去るように……

「……私は、ルナさんを愛してます。でも、あなたは何処か遠くに行ってしまいそうで」

 フィーネは、そう呟くと啜り泣きを始めてしまった。私は、フィーネを強く抱き締める。

「私もフィーネを愛してる。私は命を懸けてでも、君を放さない。そして何処にも行かないよ。……約束する!」

 私は優しく……そして強い口調でそう言った。何一つ偽りの無い真実の言葉だ……

「……はい」

 私は、フィーネの涙を私の手で拭った。そうすると少し、不安が消えてきたみたいだ……

「……フィーネ、大好きだよ」

「……私もルナさんが大好きです」

 それから、私達は優しく……激しく唇を寄せ合った。長く……長く……

 そして私は、フィーネが安心して眠りの世界に入るまで……優しく抱き締めて頭を……そして背中を撫で続けた……

 あどけない笑顔を浮かべて眠るフィーネを見て、私は決意をさらに強固にした。

 

 誰にもこの幸せは邪魔させない!例え全ての天使に
忌み嫌われたとしても!

 

 聞こえるのはフィーネの寝息と、安らかな海の音だけだった。

 見えるのはフィーネの寝顔と窓の月だけだ……

 何も心配なんかいらない。

 

 そうして、私もいつの間にか眠りの世界へと
引き込まれていった。

 殺気の正体……フェアロット……いずれも私が出会う
運命にあるとは知らずに……

 

目次 第十三節