「待つのだ!天使ルナリートよ!」

 

 威厳に満ちた声が脳まで響く程に谺した。その瞬間、俺がたった今作っていた『滅び』の力は掻き消される!

 更に、この神殿に渦巻く全てのエネルギーまでもが無に帰し静寂に飲み込まれた。

「誰だ!?」

 俺は、その力を無に還元した声の主に尋ねた。

 

「我は、お前が存在を信じることが出来なかった『神』だ」

 

 声の主は『神』!?そんな馬鹿なことがある筈がない!

「……虚言を吐くな!『神』が、『神』が存在するのならば、何故こんな愚者に全権を委ね、こんな束縛された世界を許す!?姿を現せ!」

 俺は『神』を語る声の主に、深い憤りを感じずにはいられなかった!

 

「天使ルナリートよ……怒りを鎮めるのだ」

 

 その言葉の直後、俺はとても穏やかな風に包まれた。全ての怒りを包み込む優しい力だった。全身を包んでいた『力』は消え去り、髪は普段の真紅に戻り、瞳も青色に戻った。しかし、強大な力を静めるには、それよりも遥かに強い力を必要とする。

 俺……否、私はその存在が天使では無い事を確信した。

「貴方は本当に『神』なのですか?」

 私は、自分でも驚く程穏やかになった心で問いかけた。

「そうだ。我は第23264代目の『神』……。この天界を支える者だ」

『神』は心に響く声でそう語った。その存在は……もはや疑いようが無かった。

「しかし!何故、『神』がいながらこの世界で私達は安息の日々を送れないのですか?」

 私は、『神』が実在しながらこんな世界になった現状に歯痒さを覚え……そう問いかけた。

「我は……この天界を維持する為に、『封印の間』から離れる事が出来ないのだ。肉体は常に封印されており、意思を皆に送るのでさえも困難だ。だから、こうして声を聞かせるのも実に5000年振りの事となる」

『神』は穏やかなのに力強く……偽り無い言葉を発した。私は、その重い言葉に返答する事も出来なかった。

 

「我の役目は、この天界の維持エネルギーの生産、そして天使達へのESG供給……。更に、天界の下に位置する『人間界』への関与だ。『人間界』はかつて『中界』と呼ばれ、この『天界』と……『獄王』の支配する『獄界』との間の緩衝帯であった『界』だ。天使であればかつての、神と獄王との戦いの歴史の後に創られたものだと知っているだろう。しかし、3代前の神からは『中界』から『人間界』への変遷と、それに応じる責務を負わねばならなくなった」

 

 いつの間にか、神殿は神の声を聞く天使で溢れていた。そして、皆一様に、言葉に耳を傾けているのだ。

「我は、5000年に一度しか天使に声を聞かせる事は出来ないが、この世界に生きる天使の幸福の為に全力を尽くしてきたつもりだ。だが神官ハーツによって、誤った方向に天界が進もうとしていたのは詫びよう……。5000年前に彼を神官に任命した我の責だ。すまなかった。本日より、彼を罷免し余生を『封印の間』で過ごさせる。天界の統治権は分散させよう」

 私は嬉しかった!この『天界』がついに良き方向に変化する!

「だが、天使ルナリートよ……。我は公正に、罪深き神官とはいえ圧倒的な力で傷付けたお前も裁かねばならない」

「私はどのような罰でも喜んでこの身に受けましょう」

 私に後悔は一片もない。私の望みは成就したのだ。

 

「天使ルナリートには、『200年間の堕天』を課す」

 

『堕天』とは、天使としての力を一定期間失い、天界から人間界に堕ちることを意味する。

「承知致しました。その罰、今すぐにでもお受けします」

 軽い罰だ。200年後には天使として戻ってくることが出来るのだから。

「いい心構えだ。『堕天』の際にはお前の力の90%を封じる。だが、天翼獣リバレスの同行も許可する。異議は無いのか?」

「ありません」

 私は神の慈悲と深淵な心を感じ身震いした。

 神は全てを見ていたのだろう。唯、どうしても自分の責務の為に私達の元に現れることが出来無かったに過ぎない。

 私は自分の存在の小ささに恥さえも覚えた。

「『堕天』は明朝9時より実行する。それまでに荷物を纏めておくのだ」

 その後、神の声はハーツの姿の消失と共に聞こえなくなった。『神の声と力』は、一時『封印の間』に戻ったのだろう。

 

 放心状態が暫く続いたが、私は歓喜の表情を湛えた天使達に囲まれていた!

「俺達は今日から自由に生きることが出来るぞ!」

 そんな歓声と共に私は賞賛されたが、私は明日には『人間界』に堕ちる。喜びを分かち合っている場合では無い。

「リバレス!帰るぞ!」

 私は胴上げされているリバレスに叫んだ。

「解ったー!」

 私とリバレスは天使達の波を縫って、部屋へと急ぐ。

 セルファス、ジュディアをその場に置いていったのは、私が疲れている所為と言うよりも、裁判の場で私の考えを真には理解してくれていなかった悲しみが、深く心に根差していたからだった。

 

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