【第三節 深夜の事件】

 

 私達は授業を終えて、再び掲示板の前に集まった。メンバーはいつも通り、私とリバレスとジュディア、そしてセルファスとノレッジだ。

 ノレッジは昼休みに、朝のテストの事をジュディアとセルファスに謝っていたようで、二人共既に怒りは冷めているようだった。

「それにしても、今日も一日長い授業だったなぁ!」

 セルファスは遣る瀬無い様子で溜息をついた。

「セルファス君、君は毎日同じ事を言って飽きません?」

 ノレッジは、苦笑しながらもその言葉に返した。

「そんな事言ってもなぁ、毎日そう思うんだから仕方無いだろ!?俺には学校は向いてないと思うぜ」

「セルファス、あなた朝は頑張るって言ってたのにもう撤回するの?次のテストはルナに勝つんでしょ?」

 諦め顔をしているセルファスに、ジュディアは微笑みつつも即座に喝を入れた。

「おう!次は頑張るぜ!俺がルナに勝ったら少しは見直してくれるよな!?」

「勝てたらね」

 ジュディアはセルファスには勝つ見込みがないと思っているのか、少しからかうように言った。

「よし!次こそは俺の時代が来る!次のテストは満点だぜ!」

 そのプラス思考と元気は何処から来るのだろうか?それについて私は正直羨ましいと思う。

 セルファスは、余程ジュディアに気に入られたいらしい。今の所、報われていないが。

 確かにジュディアは美しいし、私達には愛想も良い。だが、彼女は自分が見下している天使には冷たく、殆どの場合話そうともしない。彼女はプライドが高いので自分が認めた相手としか仲良くしようとはしないのだ。

 私とノレッジは、成績の良さから彼女に認められているのだろう。しかし彼女は普段相手にしない、成績が自分より劣る天使の中でも唯一、セルファスとは冷たい素振りを見せながらも一応仲良くしている。

 セルファスは、勉強は出来ないが持ち前のプラス思考で周りを元気付ける素質を持っているからなのだろう。

「おっと、そうだ!俺がルナに勝てそうな奴が一つだけあるぜ!」

 セルファスは自身に満ちた顔で突然叫んだ。

「それってなーに?」

 リバレスがすぐさま返事をする。

「『力』に決まってるじゃねーか!教科書通りの戦闘実技なんかじゃなくて、純粋に力だけで勝負すれば絶対勝つ!」

 彼は再び声を張り上げた。

「そうね。それはテストに無いけど、あなたがルナに勝てる訳無いじゃない?ね!ルナ?」

 ジュディアは、私に勝負しろと目で訴えていた。力で勝負した事など無いのだが……仕方無い。

「セルファス、私は勝負なら受けるが何で勝負するんだ?」

「『力を司る間』に行くに決まってるぜ!」

『力を司る間』とは天界にある4つの『間』の内の一つで、物理的な力を司っている『間』だ。此処は本来、新しく生まれてくる天使に力を与える所だが、『力』を数字で測定する装置が置いてあるので、よく男の天使が力を競うのに用いられている。

「解った。じゃあ皆で一度力の測定をやってみるか」

 

 私達は5人、背中にある翼を広げ空へと舞い上がった。神殿や下を歩く天使がとても小さく見える。

 空は、月が浮かび上がる寸前のぼんやりとした明かりと、数多の星々で埋め尽くされ、私達を優しく照らしている。

 空を飛ぶ……。私はこの時が一番好きだ。何故か、空は『心』を穏やかに……そして、自由に解き放ってくれる。窮屈な世界の中で、私が生きている喜びを一番享受出来るのはこの瞬間なのだ。

 しかし、飛行が許されるのは学校終了から、午後10時までと限定されている。理由は解らないが、法として厳しく定められているので普段は自由に空を飛ぶことはできない。

 私は短時間ながらも幸せを感じながら、目的地に着いた。時刻は午後8時45分。10時までには部屋に帰らねばならない決まりだ。

「さぁ、着いたぜ!」

『力を司る間』は、神殿と同じく大理石で造られ見事な彫刻が施されている。この彫刻は何らかの動物を象っており『力』の象徴だ。

 セルファスは測定装置の方へ一人で走っていった。

「やれやれですね、セルファス君は」

 ふぅ……とノレッジは溜息をつきながら、私達の方を振返りそう言った。私達はセルファスに続いて測定装置に近付いた。

「よーし!みんな、俺の全力を見せてやるぜ!」

 そう叫びながら、セルファスは装置のクッションのような測定部位を全力で殴った。

 とてつもない力だった。装置は揺れて轟音が『間』に響く!そして、すぐに数値は出た。

「12640ポイント!?」

 ジュディアは思わずそう叫んでいた。私達も驚きを隠せない。何故なら、普通の力の強い大人の天使が本気で殴っても、せいぜい5000ポイントが関の山だからだ。セルファスは一体何者なんだ?

「見たか、ジュディア!そしてルナ!力は俺がトップだろ!?」

 そう高笑いするのも無理は無かった。全てにおいてエリートのジュディアでも8890ポイント、秀才のノレッジは4200、リバレスは2800とセルファスには遠く及ばなかったからだ。

 そして、私の番が来た。

「ルナ、怖気付いたんなら止めてもいいんだぜ!」

 セルファスは、勝ちを確信したかのように私に降伏を煽っている。勝てないかもしれない。だが、私は勝負すると言った以上止める訳にはいかないのだ。

 私は、装置の前に立ち拳に力を集中した。力を一点に集中するのは初めてだが、恐ろしい程の力が拳に流れ込む。

 次第に拳は強力な光と熱に包まれた。私は恐ろしくなってそのまま拳を前に突き出す!

「ドゴーン!」

 という耳を塞ぎたくなる程の轟音と、立っていられない程の振動で『力の間』は揺れていた。結果は……

「46800ポイントー!?」

 セルファスは驚愕の余り、叫んだ直後にその場に崩れた。他の皆からは声も出ない。

 私は一体何者なんだ!?拳に力を込めただけなのに……。例のテストだってそうだ。私が998点だったのは、一問だけ私が問題を解かなかっただけに過ぎない。

 

 私は他の天使とは違う……。何もかもが!まるで……姿形だけ似ている別の生物のようだ。

 

 束の間の沈黙の後、ジュディアは急に歓喜の声を上げた。

「さすがルナ!私が見込んだだけはあるわ!」

 それから一呼吸おいて、セルファスが再び口を開いた。

「……力でも無理かよ……やっぱ、ルナは特別過ぎるぜ!」

 彼は諦めの表情とは別に、非常に悔しそうにしゃがみこんだままで地面を叩いていた。それを見兼ねた秀才ノレッジが言葉を発する。

「セルファス君、仕方ないですよ。ルナリート君は、天界始まって以来のエリートって言われてるんですから」

 ノレッジは内心、セルファスが私に勝つことを期待していたのだろう。

 

 私は今までこういう勝負の度に『ルナは特別だから』と言われ続けてきた。私には正直、この言葉は悲しい。何故なら、『私は普通じゃない』という現実と孤独感に苛まれるからだ。

 私の心中を悟ったのか、リバレスが笑顔で話し始める。

「もうー!みんなしてそんなにびっくりした顔してー!ルナが凄いのはみんな知ってるでしょー!」

「(おいおい、気持ちは嬉しいけどフォローになってないぞ。)」

 そして、その言葉のお陰かどうかは解らないが、セルファスが再び元のプラス思考の明るい奴に戻った。

「チッキショー!またも、ルナにしてやられたぜ!こうなったら意地でもルナに一つでも勝たねぇと気が済まねー!ルナ!?無論受けて立つよな!?」

 私は、セルファスのいつも通りの態度が嬉しかった。

「ああ。何でも来い。どんな勝負内容でも受けるぞ」

 セルファスは、私の言葉を聞いて口元に不気味な笑みを浮かべた。

 

「勝負は今晩、11時に『封印の間』までの道程を競う!」

「『封印の間』だってー!?」

 全員が声を揃えて、その言葉に驚きを示した。それもその筈だ。

『封印の間』とは天界において最も神聖な場所で、『神』が存在しているといわれている場所だ。無論一般の天使は其処に近付くことは出来ない。其処に行けるのは『神官クラスの天使』だけだ。

 具体的には、今いる『力を司る間』の司官。その他、『命を司る間』、『死を司る間』、『神術を司る間』のそれぞれの司官。そして、その司官達の上に立つ神官ハーツの計五人である。

 だから、一般の天使が其処へ行くのは、最悪の場合極刑を意味する。

「止めときましょう!ね!?ルナ!」

「そうですよ!セルファス君、それはあまりに無茶ですよ!」

 ジュディアとノレッジの二人は怒涛の如くセルファスの言葉に反論した。

「俺はルナに聞いてるんだ」

 彼は私の目をじっと見据えて反応を待っている。此処で断れば、先程の『どんな勝負内容でも受ける』という約束が覆ることになる。

「解った。受けて立とう」

 私の答えと同時にリバレスが口を挟む。

「ちょっとー!ルナー!」

 だが私は、物言いたげなリバレスを静止して、セルファスの目をじっと見据えた。

「よーし!それでこそルナだ。勝負内容は、夜11時っていう外出厳禁の時間帯で、更に立ち入り禁止の『封印の間』へ近付くっていう危険な勝負だぜ。誰にも見付からずに、『封印の間』の門前にある噴水からより早く水を汲んできた方が勝ちだ。普段なら衛兵に見つかって即捕まるけど、今日は100年に一度の不吉なレッドムーン(赤い月)の日。今日は絶対誰も外出しねー筈だ」

 セルファスはいつもとは違う真剣な顔で語った。恐らくはこの命懸けの勝負に対する覚悟の重さの現れだろう。

「……いいだろう。今夜11時に勝負だ。リバレス、ジュディア、ノレッジは危険だから部屋に戻ってるんだぞ」

 その言葉に真っ先に反応したのはノレッジだった。

「あ、あ、あ、当たり前じゃないですか!誰がそんな危ない賭けを見届けるものですか!僕はもう帰りますよ!」

 ノレッジは大慌てで此処から飛び去り、自分の優等生宿舎へと帰って行った。彼は見付かった場合の厳罰を恐れているのだろう。保身に走る。それは当然の反応だ。

 そして、ジュディアが不安に曇った声を発した。

「私は、見守るわ。ルナが心配だから……。あと一応セルファスもね」

 その言葉が終わる前にリバレスも続けた。

「わたしもー!保護者のルナがいないとわたしは生きていけないわよー!」

 そういった流れで、私達4人は危険な夜中の冒険をする事となる。

 だが、これが私の……否、私達の運命を変える事になるとは、この時は全く予想出来無かった。

 

目次 続き