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 緋月は、出来るだけ多くの科目の履修登録をした。専攻である油絵関連の科目と、必修科目は当然の事、一般教養も目に付く限り詰め込んだのだ。その結果、月曜から金曜まで毎日、朝から夕方まで講義三昧となった。帰宅後には、復習と予習に振り回される。

 

 自分に与える課題を増やせば、余計な事は考えずに済む。

 

 それが履修登録時からの緋月の狙いで、彼はレベルの高い講義と科目数の多さに圧倒され、雪那の事を考える時間が少なくなった。

 四月も終わりに近付いた土曜日、緋月は夕方まで目を覚まさなかった。疲労が蓄積していた為だ。夕食の食材を購入して家に帰り、ドアの鍵を掛けた瞬間、久々に襲って来た悲しみで緋月は泣いた。泣き声が隣室に聞こえぬよう、テレビを付けてからは更に大声で泣いた。

 

「俺は何をしてるんだ!」

 

 そう声を上げた緋月は、ベッドの枕を何度も殴る。

 大学の奴らは皆、毎日を楽しんでる。サークルに打ち込む奴、夜遅くまでバイトをして、眠そうに講義を受けている奴。色んな奴が居るが、誰もが生き生きしてる。そりゃそうだろう。自分の好きな芸術を学べて、似たような夢を持った仲間が直ぐ傍に居るんだから。

 なのに俺はどうだ? 毎日、学校と家を往復するだけの日々。帰ってやる事は、食事を作る事と勉強をする事だけ。皆と同じように、俺ももっと色んな事をするつもりだった。だが出来ない、どうしても出来ない。

 

 雪那だって、楽しい大学生活を送りたかった筈だから。

 

 俺が大学でも家でも一人なのは、俺の所為だ。俺は誰も寄せ付けようとしていない。それどころか、気の良さそうな奴が話し掛けて来ても拒絶している。

 

 雪那……、俺は自分一人だけ幸せになろうなんて思えないんだ。でも、こんな俺を雪那が見たら怒るだろうな。だって、最後に言ってくれたもんな……。「緋月は、自分の人生を生きて」って。

 でも自分の人生って何なんだよ? 俺の人生は雪那が居ないと始まらないんだ。

 もう絵を描いてても楽しくないよ。あんなに好きだったのに!

 

 一言だけでいいから、雪那教えてくれよ! 俺はどうやって生きればいい?

 

 一人きりの部屋に響く緋月の声は、誰にも届かない。緋月が言葉を交わす相手は、実家から電話を掛けてくる両親だけだった。

目次 第二章-3