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 八月五日。この日は隣町で花火大会がある。数千発の花火が上がり、沢山の屋台が出る、地元では有名な大会だ。そして、この日は雪那の誕生日でもある。

 緋月は午前中一人で受験勉強をし、昼食後に家を出た。雪那はその間、花火大会に行く為の準備をしていた。雪那の家に到着した緋月が、インターフォンを押す。

「ピンポーン」

 呼び出しのベルが家中に鳴り響く。緋月は腕組みをしながら、ドアの前に立った。

 さて、何分待たされるかな? 年々気合が増してるからな。

 緋月は左肩に掛けた鞄の中身を確認する。彼は頷いた後、満足そうな笑みを浮かべた。

 

 玄関に近付いて来る、慌しい足音。聞き間違えようが無い、雪那のものだ。

「お待たせ!」

 五分待った。雪那にしては上出来だ。それにしても、これは……

「雪那、今年の浴衣は」

「え? 駄目かな」

「違う。可愛いんじゃないか」

 白地に向日葵の黄色と緑が映える浴衣。雪那に良く似合っている。だが、何より可愛いのは雪那自身だ。長い髪を結い、露出している耳。いつもより大人っぽい。俺は鼓動が早まるのを感じた。

「わーい。緋月に褒められて良かった。行こっ」

「ああ。雪那、日付が変わる時に電話でも言ったけど、誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう」

「プレゼントは、また後で渡すよ」

「うんっ、楽しみ!」

 雪那が白い歯を見せて俺に笑い掛ける。このプレゼントを渡したら、驚くだろうな。

 二人は手を繋ぎバス停に向かう。今日はバスを降りても、手を離す必要は無い。雪那はバスの中でも、終始上機嫌だった。

 

 バスを降りて電車に乗り三十分、その後徒歩で十五分。家から一時間程度掛けて、二人は花火会場に到着した。まだ昼なのに、電車や会場最寄り駅は、花火の見物客で混雑していた。雪那が、いつもより強く緋月の手を握る。緋月もしっかりと握り返す。

「あっ! 緋月、水飴食べようよ」

 雪那が急に緋月の手を引っ張る。緋月は一瞬よろけたが直ぐに持ち直し、雪那と共に駆け出した。

「浴衣で走ったら危ないって!」

 全く、雪那は好きなものを見付けた時は一目散だ。まあいい、今日は誕生日だ。雪那の好きにさせてあげよう。

 二人は水飴、ポテトフライなどを頬張り、射的も楽しんだ。疲れたらベンチで休憩し、取り留めの無い話をする。そうして日が暮れて、花火が始まる時間が近付いて来た。

目次 第一章-10