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 十三年前。まだ疎らに雪が残る三月の下旬、緋月は父の転勤により、母と姉と共に雪那の家の隣に越して来た。緋月は四歳、姉の(れい)()は六歳で二人共小学校に入る前だったので、引越しには丁度良かった。

 緋月の父は仕事で忙しい為、引っ越した翌日も早朝から出社した。その為、陽草家への挨拶は家族三人で行く事となる。

 三人は、畑の前の道路を通り陽草家の前に着いた。洋風の大きな家、センスが良く素人目にも高級な家だと解る。緋月の母は気圧されながらも、挨拶の品を玲花に持たせ、意を決してインターフォンのボタンを押した。

「はい、陽草です。どちら様でしょうか?」

 若い女の声だった。緋月の母はもっと年配の人間を想像していたのだが、自分と年齢が近そうに思えてホッと胸を撫で下ろし、インターフォンに向かって口を開いた。

「迎居と申します。昨日、隣に越して来ましたのでご挨拶に伺いました」

「はい、直ぐに参りますので少々お待ち下さい」

 家の中から、インターフォンで応対した女性の声が聴こえ、足音が二つドアに近付く。一つは大人の足音、一つは小さな子供の足音。

「ガチャ」

 鍵を回す音が響き、ゆっくりとドアが開いた。現れたのは若く美しい女性と、彼女に似た小さな女の子だった。女の子は、唇に右手親指の爪を当てている。

「初めまして、迎居です。この子は玲花、この子は緋月です。今後とも宜しくお願いします。玲花、緋月、挨拶なさい」

 緋月の母は会釈しながら、二人に視線を送る。玲花と緋月も頭を下げた。

「迎居 玲花です」

「迎居 緋月です」

 玲花は流暢に、緋月は頭を掻きながら曖昧に自分の名前を言った。

「初めまして、陽草です。良かったね、雪那! お友達よ」

 雪那の母が雪那の頭を撫でると、雪那は両手を上に広げて、満面の笑みを浮かべながら飛び上がる。

「私、陽草 雪那。仲良くしてね!」

 雪那の言葉で、玲花と緋月は大きく頷いた。そして、玲花と緋月は雪那の案内で畑へと走って行った。それを見て母親二人は笑い、自分達の年齢も近い為直ぐに打ち解けた。

 

 雪那は嬉しくて仕方が無かった。近所に同年代の子供はおらず、幼稚園が休みの日に自分と遊んでくれるのは母親だけだったからだ。しかも母親には家事があるので、いつも一緒に居てくれる訳では無い。もう畑で一人で土遊びをしたり、一人で花飾りを作ったりしなくてもいいと思うと、雪那の心は幸せで満たされた。

 

 三人で毎日遊ぶ内に、瞬く間に四月が訪れた。玲花は小学校、緋月と雪那は同じ幼稚園に通う。幼稚園が終わると緋月と雪那は、雪那の母親に車で迎えに来て貰った。帰った後、二人は夕方まで遊ぶ。其処には、玲花も小学校が終わった後に加わっていたが、彼女は小学校の友達と遊ぶ回数の方が多くなっていった。

 緋月と雪那はいつも一緒だった。通園の時も、幼稚園でも、帰ってからも。

 

 五月の中旬、緋月と雪那が幼稚園から帰って来ると、畑には緋月が今まで見た事の無い機械があった。

「おばさん、あの機械はなーに?」

 怪訝な顔で緋月が機械を指差す。雪那の母は屈み込み、笑った。

「ひー君、あれはね『トラクター』って言うの」

「向日葵を植えるのよ!」

 雪那がぴょんぴょん跳ねる。緋月も一緒に跳ねた。何だか解らないが、雪那が嬉しそうだったからだ。

「向日葵は僕も知ってるよ。トラクターって格好いいなぁ」

 緋月は向日葵よりも、トラクターに夢中だった。トラクターを運転しているのは、陽草家の知り合いで、その作業には全く無駄が無い。緋月は何度か運転席に乗せて貰った。

 

 蒔かれた種からは一斉に芽が出て、日を追う毎に背丈が伸びた。その背丈は緋月と雪那を追い越し、花を咲かせる頃には二人が見上げる程の高さになっていた。

「せっちゃん、僕こんな凄い向日葵見た事無いよ」

 口を開けて感心する緋月、それを見て雪那は得意げに笑い緋月の手を握った。

「でしょ? 家の自慢なんだから」

 広大な畑を埋め尽くす、背の高い向日葵。二人には最高の遊び場である。追いかけっこや隠れんぼなど、遊び方には枚挙に暇が無い。

 向日葵が咲く頃は丁度夏休みなので、二人は毎日畑で遊んだ。たまに玲花や、幼稚園の友達も招いて。

目次 第一章-6