第二十三節 孤高の双極 A

 

「フィアレス様、どうかお許しを! ……ギヤァァ!」

 ファングの胸から、漆黒の剣が突き出て来たので俺は咄嗟に後ろへ飛ぶ。飛びながら声の主を確認した。間違い無い……、王子フィアレス!

「エファサタンが、わざわざこんな所に何の用だ?」

 俺は王子を睨み付けながら「第四段階」、つまり俺の全力を解放する。そうで無ければ瞬殺されるからだ。王子はファングから剣を引き抜き、俺に向かって歩み寄る。

「無能な部下が失礼したね、ハルメス・ジ・エファロード。僕の事を知っているようで光栄だよ。僕はルナリートを殺しに来たんだけど、もう一人のエファロードが此処に居るなんてね。好都合だよ」

「まさか、サタンが直接人間界に向かうとは思わなかったぜ……」

「そう? 僕が行く方が計画はスムーズに進むでしょ。それより、僕は早くルナリートに会いたいんだ。けど君も邪魔だから、弟より先に殺してあげるよ!」

 その言葉の直後、奴の姿が消えた! 「パァァン」という音と共に、俺の光膜が破壊される。俺は何とか奴の剣を受け止めたが、重い一撃に腕が痺れる!

「容赦の無い剣だな。だが、俺がお前に負ければ人間界は滅びるだろう。だから俺は命を懸けてお前を倒す!」

「そう来なくちゃね! それでこそ殺し甲斐(がい)があるよ」

 俺達は互いに、瞬きより早く離れた。次の一手を思考する。殺す気で行かねば。

「禁断神術『滅』!」

「ふーん……。『滅』なら僕も使えるもんね」

 俺の放った滅が、フィアレスの滅に衝突し呑み込まれる。眼前に奴の滅! 俺は辛うじて「転送」で逃げた。奴はルナの指輪から神術の情報を引き出したのだろう。厄介だな。

「逃げちゃダメだよ」

 突如左から奴の声が響く。不味い! 俺は咄嗟に、右に飛んだ。だが、その時には既に奴の剣が俺の胴に届いていた。「ブシュッ」と言う、肉を裂く嫌な音が響く……

「其処まで転送を使いこなすとは。ぐっ……」

 俺は脇腹を押さえる。骨には到達していないが、傷はかなり深く出血が止まらない。オリハルコンの帷子(かたびら)を着ていなければ、俺は両断されていただろう。

 奴の放った滅が、壁を二十m程抉り取って消える。凄まじい威力だ……

「よく避けたね。真っ二つだと思ったんだけど」

 王子の表情は若さ故か、解り易い。悔しさと嬉しさが滲んだ双眸が俺を見据えている。

「今まで生きて来て、お前のような強敵に会ったのは初めてだ。俺は、獄界から無事に帰って来たルナを誇りに思うぜ」

 此処で死ぬつもりは無かった。俺にはもう一つの役目があるから。だがそんな悠長な事も言っていられない。刺し違えてもサタンを倒す! 大切な弟達、そして人間を守る為に。

 ティファニィ、これが「俺達」の最後の戦いだ。力を貸してくれ! 俺は目を閉じ、彼女の魂に語り掛ける。彼女は、俺の願いを聞き入れてくれた。オリハルコンの剣が輝き出し、彼女の魂が宿る!

「へぇ……、何? その剣は」

「『神剣ハルメス』。俺の最愛の女性が変化した姿だ」

「そんな剣で僕を倒せると思ってるの? もう茶番は終わりだ。死んでしまえ!」

 奴が消えた。また死角から俺を攻撃するつもりだろう。

「ザシュッ!」

 剣が胸を縦に裂く! フィアレスの胸を。ティファニィが反射的に攻撃してくれたのだ。

「ぐっ、そんな馬鹿な! 剣が勝手に動くなんて」

「この剣は、俺とティファニィの意思で自由に動かせる。直接腕を振る必要も無くな。此処からが本当の戦いだぜ!」

 俺達は睨み合いながら、不敵に笑った。刹那の後、俺達は宙を舞い全力でぶつかる!

 

 炎、氷、光、闇、あらゆる神術と魔術がフロアを飛び交い、剣戟の火花が散った。俺も奴も、生傷が無数に増えて行く。ロードやサタンの回復力でも間に合わない!

「はぁはぁ……、そろそろ人間界を諦めてくれないか?」

 俺は左脇腹を抉られ、右肩を斬られ、右大腿を刺された。出血で眩暈がする。

「ハァ、ハァ……、君こそ早く死んで僕を通してくれよ!」

 奴は左頬と左目を炎によって焼かれ、右腕が折れている。次が互いの最後の攻撃……

「もう終わりにしようぜ! 創始の神術『光(sunlight)』!」

「……そうだね。これで終わりだ、終焉の魔術『闇海(darksea)』!」

 フロアの半分が光に、もう半分が闇の波動で埋め尽くされる! この空間では最早、ロードとサタン以外の生物は生存不可だ。

「決着を付けようではないか、サタンよ!」

「消えるのはロードである!」

 俺達の過去の記憶が、反射的に言葉を紡ぎ出す。奴もまた、記憶の継承が済んでいるのだろう。増幅する力で塔は激しく振動を始めた。転送装置を残して塔が融解していく。下層百階程は既に消滅した。俺達の周囲には空洞が出来、眼下には溶岩が流れる!

「ティファニィ、俺に力をぉ……!」

「僕はサタンの末裔(まつえい)、負ける筈が無いぃ……!」

 俺達は既に限界を超えていた。傷口からは血が噴き出し、翼も皮膚も消失しようとしている。だが、俺は絶対に負けない!

「ザクッ!」

 俺は「転送」を使い、剣でフィアレスの胸を貫いた! だがそれを読んでいた奴も、剣を突き出し俺の胸を貫く。相討ちか……?

 (ほとばし)る二人の血液が溶岩に吸い取られていく。光と闇は消え去った。二人は同時に、僅かに残る地面へと落ちる。

「ぐあぁ……! 俺の、勝ちだな。これで魔は人間界に来れまい」

「ウグゥゥ……! 無駄さ。転送装置さえあれば、僕が戦えなくとも計画は中断されない。だから……、僕の勝ちだ」

 俺達は地面を()いながらも、相手を睨み付ける。俺は心臓と肺を損傷した。長くは生きられないだろう。フィアレスも同様のダメージを負った筈……

「転送装置も含め……、この塔を丸ごと消してやるぜ」

「ふん、(ざれ)(ごと)を……。君の人生はもう直ぐ終わりだ。未来の心配など要らないだろ。今度は、必ず、ルナリートを、殺してやる」

 強がりを……。お前も死に掛けの癖に。フィアレスは姿を消した。傷を癒す為、獄界に帰還したのだろう。帰還したとて、奴が生き永らえるとは限らないが。

「ルナ……、何とか追い払う事が出来たぜ。後は……」

 俺は剣を支えに立ち上がり、自分自身を「転送」させた。ある遺跡へと。

 血を吐き、足を引き()り、歯を食い縛りながら、俺は「階段」を下る。出血量は既に致死量を超え、意識を保つ事も危ういが、それでも俺は歩を進める。一歩ずつ、ゆっくり。

 自分が生まれた意味を完遂させる為に。




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