第八節 明眸(めいぼう)

 

「お父さん、お母さん、行って来ます」

 (くれない)の中を、少女は歩き始めた。父母の遺影に言葉を掛けてから。右手は、胸のネックレスを強く握り締めている。六日前、自分の誕生日に父から託された、母の形見。腰には剣を携えている。覚悟の証だ。フィーネは丘をじっと見据える。

 あの人、ルナさんの澄んだ瞳。深い、深い(いつく)しみに溢れていた。まるでお父さんや、お母さんのように。幾ら怖い事を言っても、あんな目をしている人が、悪人な筈が無い。

 私は無力だ。只の、十七歳の女。ううん、魔物の前では全ての人間が無力だ。剣や弓で魔物を倒す事は出来ない。私に力があれば、お母さんとお父さん、村の人達を助けられるのに……

 十七年間、私は沢山の愛情を貰った。その愛情を、倍にして皆に返したい。皆を幸せにしたい。その為なら、私は何だって出来る。

 ルナさんは、来てくれる。私はあなたを信じます。

 もし、あなたが助けてくれなくても私は……

 少女は丘へ向かう。泥濘(ぬかるみ)に足を取られぬよう、一歩一歩、しっかり踏み締めて。彼女の瞳に揺らぎは無い。消えない、静かな炎を宿しているから。




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