第三十八節 薄明

 

 まだ日も昇らない早朝、三人は神殿の屋上に集まった。リバレスはルナの指輪に変化し、ハルメスは光の翼を広げる。

「ルナ、出発する前に一つ伝えておく事がある」

 真剣な表情。ルナは咄嗟に身構える。

「……はい、何ですか?」

「天使の指輪についてだ。天使の指輪は、天使である証であると同時に、持つ者に対して力を与えている。だから、もし人間が天使の指輪を付けると、天使と同等の力を得られる。だがそれは一般の天使や人間の話で、俺達二人は例外だ。俺達は生まれた時から天使以上の力を持っている。そんな俺達が、指輪を付けるとどうなるか? 指輪に力を奪われるんだ。天使の指輪は、持つ者の力を一定範囲で制御する機構を備えている」

 知らなかった。私は、彼の目を見据えて続きを待つ。

「俺が何を言いたいのか、もう解っただろう? お前がフィーネさんとリバレス君を守る最後の手段、それは指輪を()てる事だ。『天界を捨てる覚悟』があるなら、お前は制御されないエファロードの力を発揮出来るだろう」

「解りました。もし私が、指輪を棄てるような事があれば、その時は……」

「俺と共に、人間界に定住だな。だがそれは最後の手段。そろそろ出発だ!」

 兄さんはそう言って、神術で私の体を浮かべた。この中で私だけが飛べないからだ。

「準備はオッケーでーす!」

 リバレスの掛け声で、私達は天高く舞い上がった。神殿や街は遥か下。彼方に見える山々の間から朝陽が顔を出す。その光は山々を、街を、やがては海を黄金色に染め上げた。

 真冬の上空は私達でも寒い。だが、君はもっと寒い所で一人ぼっちだ。直ぐに行くから、待ってるんだぞ。

 雲の上まで昇り切った所で、兄さんは「転送」を使った。景色が高速で移り変わる。そして、目的地上空に到達した。

 島の周囲は、数千m級の高山に囲まれている。高山の(いただき)は槍のようで、来る者を阻んでるようにしか見えない。この山は魔によって造られたのかも知れない。島の大地は、日が射しているにも関わらず真っ黒だ。否、「暗黒」と言った方が正しい。そんな大地には無論、如何なる植物も生えていない。

 ハルメスさんは、私を片手で抱える。私は剣を抜き、頷いた。

「兄さん、準備完了です。リバレス、行くぞ!」

「了解!」

 兄さんとリバレスの声が重なる。その直後、兄さんは急降下を始めた! 出来るだけ魔に見付からず、しかも短時間で攻め入るにはこの方法しか無い。

 風を切り裂く音で、地上に居る数体の魔がこちらを見た。だがもう遅い!

 地上五十mの時点で私は兄さんから飛び降り、炎の神術を発動させる! その神術に兄さんが雷の神術を上乗せする。取り()えず、地上の魔は一掃した。

「(必ず、『三人共』無事で戻ってこいよ!)」

 兄さんの声が「転送」で届く。私は着地して剣を持つ右手を高く掲げた。切っ先が朝陽を浴びて、煌く。私がフィーネを連れ戻し、自分もリバレスも無事である可能性は、この煌きのように微かだ。だが、僅かでも光があるなら、私はその道を行こう。

 自分を偽らず、信念のままに生きる道を。




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