第三十五節 無音の狂奏曲 A

 

 七色に輝く虹の輝水晶で造られた壇、その上にフィーネは仰向(あおむ)けに拘束されていた。彼女が動かせるのは、頭から上だけだ。フィーネと私の間にはジュディアが立ち塞がる。

「フィーネ!」

 彼女の瞳がこちらを見詰める。その双眸に宿るのは恐怖。一体どんな目に遭ったんだ?

「ルナさん……、危険だから逃げて!」

 私は彼女に近付く為、一歩踏み出す。だが直ぐにジュディアがそれを制する。

「ルナにしては随分遅かったわね。でもいいわ。お陰で準備は整ったから」

 優越感に満ちた冷笑。私は怒りの余り、剣を彼女の首元に突き付けた。

「準備などどうでもいい。フィーネを解放しろ!」

「ふぅ……、そんなに焦らないでよ。私は、あなたに協力しようとしてるだけなのに」

「協力って何よー?」

 リバレスの言葉で、彼女の顔に更なる冷酷さが滲み出す。何を考えている?

「そう、協力よ。知ってる? この遺跡の意味を」

「……この遺跡には、冥界の塔を封じる機構が備わっている?」

「フフ、この遺跡自体が『機構』なのよ。それで、そのエネルギー源は何なのか解る?」

 彼女の口元が(ほころ)ぶ。場に不釣合いな、満面の笑顔。気味が悪い……

「まさか……、本当に『人間の魂』なのか!」

「その通り! この遺跡、即ち封印機構を作動させるには、一万人分の魂が必要なの」

 ジュディアが杖を掲げる。私は更に剣に力を込めた。彼女の首から一筋の血が流れる。

「お前はフィーネを生け贄にするつもりか!」

 体の奥底から力が溢れてくる。前髪が銀色に変わった。

「ルナ、話は最後まで聞く物よ」

 彼女の杖が光る! その瞬間、私の体は動かなくなった。力の増幅まで停止している。

「究極神術『不動』を貴方にかけたわ。貴方は、指先を一mm動かす事も出来ない。同時に体の変化も停止させた。今の私じゃ、それ以上力の増えたルナは相手に出来ないから。でも安心してね、口だけは動かせるようにしたから」

「ふざけるのはいい加減にしろ……」

「まぁ、結論から言えばこの娘は名誉ある『生け贄第一号』って事になるわね。最近、魔の進行が激しいのは貴方もよく知っているでしょう? このまま行けば、天界まで侵略される恐れもあるの。だから私は『仕方無く』人間を殺す事にした。貴方を惑わすこの女が消えて、貴方は魔と戦う必要が無くなる。一石二鳥じゃない」

 人間の、フィーネの命などこいつは何とも思っていない。早く動け、私の体よ!

「人間の命の重みは天使と同じだ。それにお前がフィーネを殺したら、私がお前を殺す」

「私を殺す? とうとうそんな世迷言を! 貴方は最高の天使なのにも関わらず、下等な人間に情を抱いた。許せない! どうしてこの女に(こだわ)るの? 私が居るのに。何故、下らない人間の為に命を懸けるの? 人間なんて、天界の(ごみ)に過ぎないのに!」

 感情を()き出しにして、私の服を掴むジュディア。彼女の目からは涙が零れ落ちている。

「お前の高慢な心では、生涯理解出来はしないさ……」

 私は呼吸するのも苦しいが、そう言い放った。彼女は顔を蒼白にして、一歩後退る。

「ジュディアー! もう止めて」

「『蝶』は黙りなさい!」

 頼みの綱のリバレスまで地に落ちる。どうしても……、この体が動かない!

「もう直ぐ、貴方を呪縛から解放してあげるわ。私が人間を一万人殺せば、貴方は私の元に戻って来る。そうよね? フフ……。そろそろ終わりよ、汚らわしい女」

 ジュディアは本気だ。彼女の杖に途轍(とてつ)もない力が集約されている。これは「魂砕断(こんさいだん)」!

「待ってくれ! 殺すなら私を殺せ。フィーネは助けてやってくれ!」

 有りっ丈の声で彼女に訴える。だが彼女は、自分の妄想に囚われ聞く耳を持たない。

「……いいんですよ、ルナさん。私が悪かったんです。天使のあなたに、無理なお願いばっかりして……。さぁジュディアさん、私を殺して下さい。それで、ルナさんを許してあげて下さい!」

 フィーネが涙を流しながら私に微笑む。最後まで、私の前では笑顔で居たい、そんな想いが彼女から伝わって来る。私の目からも涙が()()なく溢れ出した。

「人間如きが気安く名前を呼ぶんじゃないわよ! ルナ、貴方は馬鹿だわ。人間の女なんかに想いを寄せるなんて。私はずっと、ずっと……、あなたの事を愛していたのに、受け入れてくれなかった」

「……お前には悪いが、私はフィーネを愛してる。これからは私の事など相手にしなくていい、忘れてくれてもいい! だから、もう邪魔しないでくれ!」

 ジュディアの杖から、「魂砕断」の力が失われる。解ってくれたのか?

「決めた……。この娘を殺すのは止めにする」

「……本当か?」

 彼女は頷き、高らかに笑い出す。そして、フィーネの方を向いた。

 

「獄界に()としてやるわ!」

 

 フィーネの魂を獄界へ送る気か! 魂砕断よりも酷い。堕ちた魂は、獄界で切り刻まれ、汚され、破壊されるんだぞ! ジュディアが、漆黒の剣をフィーネの胸の上に呼び出す。彼女は本気だ!

「殺すのよりも、ずっと酷いじゃないのー!」

「止めろぉぉ……!」

 私達の声でジュディアは振り向いた。其処には形容し難い、狂気・の・滲んだ・笑顔。

「禁断神術『堕獄(だごく)』!」

 禁じられし神術の刃が、フィーネの胸を貫く!

「ルナさぁぁ……ん!」

 私は目を閉じる事も出来ず、唯、肉体から魂を()ぎ取る刃が、最愛の人に突き立てられるのを見るしか無かった。心が音も無く崩れ……、狂奏曲を奏で始める。

「いい気味ね。これで正気に戻ったでしょ。ルナ?」




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