Epilogue

 

 小路の脇で群生する真紅の曼珠沙華が、天から舞い降りた一陣の風に吹かれて一斉に揺れた。風が通り過ぎると、何かを待つような一瞬の静寂が辺りを満たす。そしてその後にはまた新しい風が生まれて、命は生きている事を証明するかのように風に揺られる。

 少し傾きかけた太陽に雲が掛かり一際強い旋風が吹くと、小路を歩く風音は腰まで伸びた胡桃色の髪を靡かせ左隣に居る紡樹に寄り添った。

「ねぇ紡樹、一つだけお願いがあるの」

「ん?」

 紡樹は歩みを止めて風音の表情を伺う。澄んだ瞳で見詰め合う二人の双眸に宿る光は、まるで鏡に映しているかのように瓜二つである。互いに心を理解し、支え合おうとする二人は自然と同じ光を宿すようになるのだ。

 風音は瞬き一回分の時間紡樹の顔を見上げた後、少し頬を赤らめた。

 

「私より長生きしてね」

 

 風音がそう言うと紡樹は苦笑を浮かべながら首を振った。そして右の掌で彼女の頭をそっと撫でながら口を開く。

「嫌だ、俺だって風音を先に喪いたく無いよ」

「一人は嫌なの」

 

 彼女は、それが甘えなのを十分に分かってる。

 だが生みの母を喪ってもう二年が経つのに、彼女は母の墓を訪れるといつも身震いがする程の寂しさで胸が一杯になるのだ。彼女には分からない。彼女がもし母と同じ立場だったなら、死の間際まで孤独を貫き通せたかどうかを。

 紡樹は風音の言葉を聞き視線を天空に移した。雲の切れ間から、目を射る光が再び降り注ぎ始める。そして彼は風音と向き合い、左手で彼女の少し膨らんだ腹部をそっと擦った。

「もし俺達のどちらかが命を失ってこの星を巡る長い旅に出たとしても、この子が居れば一人にはならない。それに俺達がこれから作っていく家庭には孤独なんて無いよ。俺と風音で支え合って子供を育てて、その子供は俺達の心をちゃんと受け継ぐんだ。そんな家族を作るんだから、何があっても「心」が一人になんてならない。だから力の限り生きて行こうな」

「うん、約束する」

 

 風音も自分の左手を紡樹の手に重ねた。まだ微かな動きしか感じる事は出来ないが、其処には確かに命の灯火がある。銀色に輝く二つの指輪は日の光を受けて煌き、此処に命がある喜びを世界に報せているかのようだ。

 

 生きるには途方も無い苦しみが伴い、常に絶望が心の弱みに付け込もうとする。だがそれらを乗り越えた先には新たな眺望があり、それまでに予想も出来なかった希望を手にする事が出来るだろう。

 

 風は吹き続け永遠は紡がれて行く――

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