【第三節 魂体】

 

 此処は何処だ?

 何故私は自分の肉体を認識出来る?

 さっきまで心の層に居た筈なのに、今はS.U.Nに似た光の下、クリスタルで出来た平原の上を『歩いて』いる。目の前が見えるし、指先の感覚も生前と変わらない。それどころか、無意識に呼吸し、心臓が奏でる鼓動まで聴こえる。

 私は蘇ったのか?

 それにしては、この非現実的な光景に違和感を覚える。私は歩き続ける。平原で一際明るい場所へ向かって。

 

 明るい場所、其処に辿り着くと私は閃光に包まれた。

 

「久し振りだな、ルナリートよ」

 聞き覚えのある懐かしい声、荘厳さに秘められた慈しみ……。まさか!?

「父さん、なのですか」

 光が薄れ、その中から父の姿がもどかしい程ゆっくりと現れた。

「そうだ、よく来たな」

 頭が何かを考える前に、私は父に抱き付く。父は生涯を天界の維持に捧げ、私の前に現れた時は死の間際、それも敵としてだった。最期には分かり合えたが、それも刹那……。父は砂のように消えたのだ。

「父さんっ!お会い出来て嬉しいです。でも、ごめんなさい……。貴方に貰った命、使い果たしてしまいました」

 父は目を瞑り何も言わず唯、私の頭を撫でる。私はこれまでの事を思いつくままに話した。

 

「私の選択の結果がこれです。自分の信念に従い歩んだ道を後悔したりはしませんが、多くの犠牲を出してしまいました」

 頷く父、全てを見透かして私の言葉が終わるのを待っているのだろう。

「存在シェ・ファは『封滅』によって、封印しました。何万年持つかは解りませんが、少なくとも今世界で生きている人々の前に現れる事は無いと思っています」

 私が其処まで話し終えた時、父の表情が変わった。目を開き、冷静さと厳しさを顔に浮かべる。

「二年だ。シェ・ファの力を封じられるのは長くて二年だ。シェ・ファは、過去に我々が封じてきた12の魂を全て内包している。各々の魂を封じる事は出来ても、一つに纏まった『存在』を神と獄王の力で完全に封じる事など出来はしない」

 そんな、まさか!?

 二年後、シェルフィアとリルフィの元に再び死の脅威が訪れるというのか!

「お前達の判断は正しい。若い神と獄王、その完全なる力の全て、命をまるごと『封滅』に使った。そうでなければ、今頃全ての生命は死を迎えていただろう」

 私は束の間、項垂れる。だが、直ぐに気を持ち直し強い口調で言葉を発した。

「私は転生し、シェ・ファを倒します。倒す方法を今は思い付きませんが、必ず倒してみせます」

 だが、父は首を振る。

「『存在』はこの星の核(コア)であり、それを破壊するのはこの星の消滅に等しい。倒すのは、『存在』に内包されている12の魂。つまり『存在』をコントロールする者だ」

『存在』をコントロールしているのは、『精神体』。否、彼女の口振りから考えて『存在』自体が精神体だ。この星で唯一の、精神エネルギーの結晶。その精神体を動かす12の魂。それだけを倒す。どうすれば?

「其処で考えても答えは出ない。お前の長所は、強い信念とそれを活かす行動力の筈だ。我以外の者にも話しを聞くが良い」

 私は強く頷き、走り出そうとする。其処で呼び止められた。

「この世界の説明をしていなかったな。簡潔に話す。お前なら一度で覚えられるだろう」

 

 この世界は『魂界』。我々が魂を送ったり、取り出したりする事が出来る界だ。

 我々が生きている間に干渉出来るのは、魂界の表層のみ。お前も通ってきたから解るだろうが、魂はこの界の内部で純潔なものとなる。記憶の層、心の層の作用によってだ。記憶の層や心の層、そして今居る『魂体』に神や獄王が干渉する事は出来ない。生前の世界とは完全に独立したものだと思って良い。

 この世界の構造は、球を半分に切った真円の上をイメージすると理解し易い。最外殻が記憶の層、記憶の層から中心に向かって心の層。更に中心に向かうと、此処『魂体』に辿り着く。

 魂体は4つに分かれており、それぞれ『神魂体』、『獄魂体』、『天魂体』、『魔魂体』という名称がある。神魂体には、神の魂。獄魂体には獄王の魂。天魂体には天使と人間の魂。魔魂体には魔の魂が転生前に集まるようになっている。

 魂体に於いて、生前の五感が備わっているように感じるのは転生準備の為だ。通常の魂は、死後記憶が消されて心が浄化される。生前に体得した感覚も例外無く消える。その状態でそのまま転生すると、転生後の肉体操作に支障を来たす場合があるからな。

 

 お前はさっきからキョロキョロしているが、察しの通り此処は神魂体だ。ハルメスも傍にいる。行くが良い。

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