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 リウォルに粉雪が積もり始める。

 街も人も消え去った大地の上を、慈しみで覆うかのように。

 その光景を見ながらも、女は完璧に整った表情を変える事は無い。

 

「『私』から『不要なもの』を消し去る業は、始まったばかり」

 

 女は確認するように一人呟いた。その声には何の感情も浮かばない。当然である。彼女は感情を持たない。そして、生者にも死者にも属さない。

 彼女にあるのは、たった一つの意思だけだ。

 

「生きる者全てを消し去る事」

 

 この星に生きる者にとっての悪夢は、まだ始まったばかりだ。

 

〜星の意思〜

「うぉぉ!」

 俺は肉体も精神も一つの光へ変換して、フィアレスにぶつける!フィアレスも、同様に闇の化身となり俺を飲み込もうとする!

 俺達を中心に、星が激しく振動している!

 何故、俺達の力には優劣が無い!?少しでも差があれば、此処まで肉体と精神を極限まで削って戦わずに済むのに!

 否、そんな弱音は吐くな。力の差に関係無く、俺は勝たなければならないのだ!

 その時だった。

 

「まさか?」

 

 光と闇の狭間に垣間見えるレッドムーン。見間違う筈も無い真紅の月。

 フィアレスの魔術か?違う、フィアレスも空に目を遣っている。

 次の瞬間……レッドムーンが消えて、代わりに夜明けが訪れた!

 だが俺達は自分の力を緩めはしない。今、気を抜けば確実に相手の強大な力に飲まれる!

 しかし、数秒後……

 

「ゾクッ」

 

 背中から全身に駆け巡る不快感で、俺達は同時に攻撃を止めた。この感覚、一番近い言葉で表すならば「耐え難い恐怖」だ。

 俺は剣を下ろし、フィアレスの目を直視する。困惑の目。

「君も感じたんだね」

「あぁ。何だこの感覚は?」

 俺達は暫し呆然として、その場から動く事が出来なかった。

 

 その時、そんな俺達の様子を見守っていたかのように、一人の女がS.U.Nの光を背に現れた。

 穢れ無き純白のローブを身に纏い、完全な美を体現したかの様な容姿。

 だが、其処には何の心も宿っていない。異界の者……。俺達の想像ではとても及ばない潔癖な存在。

 そして、どんな生物をも超越した力を内包する物体……

 感じられる意思は『殺意』のみ。

 

「僕の見た夢は現実だった訳だ……。ルナリート、僕達は」

 普段は気丈なフィアレスの表情に、拭えない恐怖が張り付いている。

「それ以上言うな。それを言葉に出せば、俺達は愛する者との約束は果たせなくなる」

 

「(抗う術も無く殺されるなんて言葉は、決して口に出すな。)」

 

「そうだね……。僕達は戦わなければならない」

「そうだ、ロードとサタンが今こそ協力する時だ」

 俺達は弱々しく剣を握り締めた。体が震える。一刻も早く此処から逃げ出したい!だが逃げる訳にはいかない!

 二人で必死に女を睨み付ける。其処で女は口を開いた。

 

「エファロード。そしてエファサタン。この星を長く治めてきたニ神。貴方達が私を認識するのは初めてでしょうね。しかし、私は貴方達の事は良く知っています」

 

 淡々と話す言葉にはやはり感情が籠らない。事実を語っているだけなのだろう。

 閉じて開かない瞳の奥には一体何が見えているのか?

「65億年前の『最初の者』から、もう23265代目になるのですね。時の流れとは早いものです。勿論、『時』という概念は貴方達が考え出したものですが」

 一体何を言っている?まるで、この星の全てを知っているかのような口振りじゃないか!

「お前は……一体何者だ?」

 俺と同じ感想を持ったであろうフィアレスが質問を投げかけた。この女に対して意思の疎通など出来るのだろうか?

 だが、予想に反して質問に対して正確な回答が返って来た。

 

「私は、私に名を付けるならば、『存在シェ・ファ』」

 

 シェ・ファ。古代語で、『美しき星』を意味する。現在では、『シェファ』という名称は俺達が生きるこの星の名だ。

 だが、何故そんな言い回しをする?まるで自分に名前が無いような……

 そして、何故名前が『シェ・ファ』なんだ?

 困惑する俺達には構わず、シェ・ファは話を続ける。

「宇宙、光、闇、時。何も存在しなかった過去は、唯『無』でした。しかし、私は動き出した時と共に生まれた。そう、私は全ての始まりである『存在』の破片。そして、私はこの星そのものです」

 この星!?星が人の姿を借りて俺達の前に現れたというのか?感情を伴わない殺意を秘めて?

 理不尽な事態に憤りを感じ始めた俺とは裏腹に、フィアレスは顔面が蒼白になっている。何かを理解したようだ。

「フィアレス・ジ・エファサタン、貴方は理解したようですね。そう、私達『存在』には意思も感情もありません。『存在』は器なのです。最初の『存在』が全てを内包し、無を彷徨っていたように」

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