第十四節 末裔(まつえい)

 翌朝、ルナとシェルフィアは、リウォルの上空で冬の弱々しい陽射しを背に浴びていた。気温は低いが、この街に雪は積もっていない。時刻は午前九時、住人は街の中を慌しく動き回っている。朝特有の忙(せわ)しなさ、それが一日の始まりを告げていた。

 リウォルに突入するのに特別な作戦は無い。体を「光膜」で覆い街に下りるだけだ。そうすれば、かつてリウォルを救った英雄であるルナを住民が確認する。街には彫像もあるので、彼が本物である事が解る筈だ。リウォルはルナを信奉しているので、王と話をするのも容易(たやす)いだろう。ハルメスは、ルナにそう言っていた。

「思い出の風景が残ってるな」

 私は朝陽を反射して輝く湖を指差した。シェルフィアが微笑みながら頷く。

 それとは対照的に街の変化は著しい。面積が倍近くに増え、その周りを厚く高い外壁が覆っている。住居の堅牢化(けんろうか)と高層化も進み、先進都市である事が窺(うかが)われる。

 外壁には等間隔に見張り台が設けられ、それぞれに五人程度の兵が居る。向こうから此方を視認する事は不可能だろう。私と人間では視力が違う。

 城にも街にも無数の武装兵。連射式の銃や大砲までもが見える。何処に下りるべきか?

「ルナさん、あの噴水広場はどうでしょう? あの……、真ん中に銅像みたいな物がある。あそこなら警備が薄そうですよ!」

 シェルフィアが指を差す。彼女も、尋常では無い視力を持っているようだ。

「ああ、そうしよう。今から私達の周り半径三mを光膜で包み降下する。絶対に私から離れないようにな!」

 シェルフィアが私の肩に手を回し、ギュッとしがみ付く。私は彼女の背中と膝裏を支えたまま、光膜を発動させた。この光は恐らく国中に見えている事だろう。

 私達は急降下を開始した。

「もっとスピードを上げて下さい! 私は大丈夫です」

 返答代わりに私は更に加速した。噴水まで、五百m……、百m!

「ドンドンドンッ!」

「ドゴォォン!」

「ダッ、ダダダダダダ……!」

 大砲、爆薬、銃……。あらゆる兵器が私達を攻撃して来る!

「ルナさぁーん!」

「大丈夫だ。この程度の攻撃なら、この膜には傷一つ付かないさ」

 獄界で味わった、魔の集中砲火に比べればこんなものは子供のお遊びだ。

 地面に下り、五分以上攻撃が続いた後に砂煙が晴れた。周りには数百名の武装兵が居る。

「厄介(やっかい)だな。光膜を解除せずに歩けば、兵を傷付ける事になる」

 方策を考えていると、車輪の付いた一門の大砲が運ばれて来た。砲身が長く、口径も通常より大きい。威力が高そうだが、私にとっては問題無いだろう。

「あんなのを受けて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だけど、砲弾が消滅する前に、膜ごと私達は遠くに飛ばされてしまうかもな」

 私はそう言い残し、一人で光膜を出た。シェルフィアは膜から出さない。安全の為だ。

「ルナさん!」

「心配要らない。其処でゆっくり見てると良い」

 私が彼女に微笑み兵の方を見ると、一人の男が近付いて来た。大砲と共に現れた男。年齢は恐らく三十台半ばだ。赤地に金の剣が刺繍(ししゅう)された旗、リウォルの国旗を持っている事から、地位の高い人物であると推察される。男は旗を地面に刺し、私の目の前に立った。

「一人で出てくるとは良い度胸だ。俺はリウォル王国直属軍総指揮官だ。お前は何者だ?」

「私はルナリート。お前達『人間』を救う為に、再びこの地に現れた」

「ルナリート! まさか……、伝説の?」

 指揮官は、私達の後ろに立つ銅像を見て言葉を失う。全く……、よく似せて作ったものだ。しかし、何故フィーネが私の腕に抱き付いている? かつての街長の仕業だろうが。

「ああ、この銅像は紛れも無く私を象っている」

「そんな筈は無い! 伝説は二百年も前の話、『ルナリート様』が生きている筈は。お前は、魔物の術で俺達を騙そうとしている!」

 指揮官が剣を抜き、私に切り掛かる! 困ったものだ。「パキンッ」と言う音と共に、彼の剣が砕ける。私の素手によって。すると、突如彼は私から飛び退いた。

「撃てぇぇ!」

 指揮官が居た場所の、後ろにある大砲が火を噴いた! 成程、剣は囮(おとり)か。向かって来る弾は余裕で避けられるが、避ければシェルフィアの居る光膜に直撃してしまう!

「うぉぉ!」

 私は瞬時にオリハルコンの剣を抜き、過剰なまでの力を乗せて振り抜いた。鋭い斬撃を受けた大砲の弾は唯の金属片となり、至る所に飛び散る。

「うわぁぁ!」

 指揮官を除く兵達が一斉に逃げ出した。私にはどんな兵器も通じない事を悟ったからだ。

「俺はこの国を最後まで守り抜く。殺せ」

 立派なものだ。部下が逃げても、国の為に命を投げ出す覚悟があるとは。

「もう……、ルナさん。無茶し過ぎですよぉ!」

 光膜を解いた途端、シェルフィアが私に詰め寄る。確かに少しやり過ぎだったか。

「ごめん、ごめん。ところで指揮官さん。私がいつ、敵だと言ったんだ?」

「は……? まさか、貴方は本当にルナリート様?」

「二百年前、正確には二百一年前にリウォルタワーを崩壊させたのは私だ。鉄神殿で祝宴を開かれた事もある。それでも信じないか?」

 男は動揺していた。事実が正確に伝説となっている証拠だ。

「ならば、街長から『あるもの』を贈られた筈! これは、一般庶民は知らぬ事」

 将来私が現れた時、本人である事を確認する為に、街長はわざと「あるもの」については一部の者にしか伝承しなかったのだろう。その周到さに恐れ入る。

「宝石シェファだろ?」

 私は、胸の内ポケットに入れた宝石袋から、それを取り出して見せる。兵は何度も私に謝った後、王の間まで案内してくれた。其処に着くまでに兵から色々な話を聞いた。

 リウォルの民は、私を救世主として崇めているが、王は憎んでいる事。その理由は誰も知らない事。まあいい、本人に聞けば済むだろう。

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