第二十五節 決然

 二人は塔の二階に到着した。ルナが敵の気配を探るが、この階層には居ないようだ。

 部屋の中央には豪壮な祭壇(さいだん)があり、その周囲は浅い堀になっている。何処からか水が流れ込み、部屋全体に「サラサラ」と水音が響く。

「何で、塔にこんな部屋を作るのかしらねー?」

「祭壇に何かある。見てみよう」

 私はリバレスと共に、祭壇へ続く数段の階段を上る。念の為、罠に警戒しながら。

「オリハルコンで出来た銘板があるわー。文字が書かれてるけど、わたしには読めない」

「古代文字だな」

 塔の建築様式が百万年前だから可笑しくは無い。私は、古代辞書の記憶を手繰り寄せた。

「この塔は、人間の創造と時を同じくして建立された」

 銘板は二枚あり、私はもう一枚を解読する。

「塔には、如何(いか)なる時であろうと人間を滅ぼせるように、禁じられし兵器を置く」

「どういう事だ? 戯れであれ何であれ、人間を創った神が、何故人間を滅ぼす兵器を作ったんだ」

「もしかしたら……、昔の神様は人間の存在が魔に憎まれる事を、初めから解ってたんじゃないのー?」

 その通りだ。聡明な神が、それを解っていない筈が無い。

「そうだろうな。だが、『何故』人間を創ったかが解らない。魔に憎まれてでも、人間を創る必要性があったと考えれば辻褄(つじつま)が合うが」

 魔、獄王に憎まれながら人間を創り、それを破壊する兵器を置く。それなら、最初から人間を創らなければ良かったのでは?

「うーん、考えても始まらないわよー。先に進めば答が見えて来るんじゃない?」

 リバレスは首を傾げた後、上の階へ続く階段へと飛び去る。

「待てよ!」

 そうだ、先に進まなければ。いつ、禁断兵器が再始動するかも解らないのだから。

 二人は更に上層へと上る。第三階層、この部屋は一面が緑の木々や花に覆われている。やはり、その中央には祭壇があった。

「また二枚の銘板か」

 ルナは祭壇に上り、古代文字を解読し始めた。彼は身震いしながら、確信する。重要な事が書かれている事を。

「人間という生命そのものに、天界を維持する為の鍵がある」

「神は、神合成(しんごうせい)という力により、S.U.N(Super Ultimate Nuclear star)の光を受けて無限に等しい膨大なエネルギーを生み出す」

 生命そのものに鍵? 意味が解らない。神は「S.U.N」の光からエネルギーを産生していたのか! 歴史では、「光を取り込んだ」としか伝えられていない。

 私は先に進むのが怖くなって来た。真実を受け止めるには、相応の覚悟が要る。

「ルナー、上にはもっと、とんでも無い事が書いてるかも知れないわね……」

 彼女も震えていた。しかし私の中で、恐怖よりも真実を知りたい気持ちが膨らんでいく。

 一面が砂漠の第四階層。此処にも祭壇と銘板が存在していた。

「神は、神合成で持て余したエネルギーから、自分自身に似せた天使を創った」

「神は天使を強化する為に、ESG(Energy Sphere of God)というエネルギー球体を天使に与える事にした」

 知らない歴史が、銘板には刻まれている。此処まで来たら、全てを知る必要がある。私は、砂に足を取られながらも階段へと急ぐ。

 この塔は、禁断兵器と、「真実」を与える為に造られたものだ。

 第五階層は夜の海を模していた。部屋の上には、月と星が浮いている。海の中央に祭壇が浮かんでいるのでルナは泳ぎ、月明かりを頼りに銘板を読み始めた。

「際限無く続く神合成の果てに、神は天界だけでその膨大なエネルギーを処理する事が出来なくなった」

「神は苦心の果てに、中界に人間という生命を創る事で、余剰エネルギーを消費する事にした。それにより、天界は安定に保たれる」

 そう言う事だったのか。これで、全ての辻褄が合う。だが……

「ふざけるな! 人間を創ったのが、神の戯れだと? 人間は天界維持の代償に創られたんじゃないか」

 歯痒(はがゆ)い。天使が人間を見下す理由など無い。寧ろ、感謝しなければならないのだ!

 私は思わず銘板を殴った。「ドンッ!」という音が、海に反響する。

「人間って、天界の為に利用されてたのねー……」

 リバレスは俯き、拳を握っている。暗い表情、彼女もまた私と同じ気持ちなのだ。

「行こう。全てを受け止める為に」

 私は、「ある決意」を胸に、上層への階段を踏み締める。

 第六階層。此処は唯、真っ白な空間。思考を停止させられるような、眩しい白。その中央に、透明な水晶で造られた祭壇があった。

「人間は天使と同じように、魂を与えられる。魂に於いて両者に優劣は無い」

「天使と人間の違いは、ESGを摂取しているかどうかだけである。人間が、ESGを摂取すれば、拒絶反応と長い年月を経て、天使となる」

 私がフィーネを始め、人間に対して感じていた事。「天使と人間は余り変わらない」、それは当たり前だったのだ。魂……、心は同じなのだから!

 二人は進む。「決意」を強固にする為に。

 第七階層は、宇宙を象っていた。床が漆黒の闇、空中には大小様々な星が浮かんでいる。S.U.Nと思(おぼ)しき天体が部屋の中央にあり、其処から少し離れて惑星シェファを模した祭壇がある。ルナは祭壇に上がり、文字に目を通した。

「人間は唯、天界維持の為にエネルギー塊として、排出される存在に過ぎない」

「人間界の存在意義、それは天界にとって無くてはならない、言わば塵(ごみ)処理場である」

 断言している……。何の罪の呵責(かしゃく)も無く。

「人間が、魔に脅かされているのは天界で生きる私達の所為だ! 人間は、辛い世界に生まれ、苦しみながら生き、悲しみの中で死んでいく。なのに私達は平和な世界で、被害者である人間を蔑(さげす)み、彼等の事を考える事も無く生きてるじゃないか?」

「人間って……、可哀想な存在だったのね」

 リバレスの目から、小さな雫が零れ落ちる。私も目の前が滲む。

 何が人間は下等だ? 愚かなのは私達の方じゃないか!

 第八階層の中央に、屋上へ続く螺旋階段が見えた。階段の両脇には、二枚の銘板。

「この階段の先には、神の兵器が安置されている。それを神が扱う事により、人間を全て焼き尽くす事が出来る」

「神は、兵器で人間を殲滅(せんめつ)し、新たな人間を創る。それが、最も効率の良い消費である」

 ルナは剣を抜き、銘板に歩み寄る。頭髪が銀に染まる。

「パキンッ!」

 銘板を両断した。そして、大きく息を吸い込む。

「ふざけるな! 余りに身勝手過ぎる。一体私達に何の権利があるんだ? 私達の為に人間は魔に虐殺される。何故だ? もっと他に方法があっただろう! かつての神よ」

 フィーネ、君が悲しい目に遭って来たのは、私達の所為なんだ。済まない……。本当に済まない! 涙が止まらない。今こそ、決意を覚悟に変え、それを口にする時。

「リバレス、私は決めた。今後二百年間、私は人間を守り続ける。せめてもの償いの為に!」

「……わたしは止めないわー。ううん、止める権利も無い。わたしもルナの力になるから宜しくねー!」

 彼女はそう言って、私の肩に座る。私は黙って頷き階段を上り始めた。リバレス、頼りにしてるよ。さて、上に居る魔と兵器を止めなければな。

 その頃、塔の麓に「人影」が現れた事を二人は知る由も無い。

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第二十六節