第十六節 慟哭(どうこく)

 景色が揺れている。彼方此方(あちこち)で上がる炎が、視界を歪めるのだ。だが、やがてこの炎は消えるだろう。燃えるものを全て焼き尽くした後に。

 ルナの髪は元の色に戻っていた。ルナとリバレスは、呆然と立ち竦(すく)むフィーネに近寄る。

「フィーネ、大丈夫か?」

 彼女は遠くを見詰め、返事をしない。私達の事を知って驚いているのだろうか。

「さっきの話を聞かれてしまったからには仕方無い。私は……」

 其処まで言った時、彼女は涙を浮かべて私を見据える。

「あなたが……、誰かなんてどうでもいいんです! どうして……、どうして争いは無くならないの? 何故殺し合わなくちゃいけないの? 解らない。私はどうすればいいんですか! どうすれば、皆幸せになれるんですか? 教えて下さいよぉ……」

 フィーネが、強く私の胸に縋り付く。涙が零れて、焼け土に消える。

「君はよくやってるよ。今直ぐに、争いが無くならないのは仕方無い。それを変える為に、私達は此処にいるんだろ?」

 フィーネは一生懸命だ。心からそう思う。私は、そっと彼女の頭を撫でた。

「うぅ……。はい……」

 大声で泣く彼女。感情が、堰を切ったように溢れ出したのだ。

 満天の星空。廃墟に吹く風は冷たい。火は全て消えた。三人は暖を取る為に、損傷の少ない、辛うじて屋根が残っている家に入った。隙間風が寂しげな音を奏でる。

「落ち着いたか?」

 窓際で、淡い月光を背にして立つフィーネに問い掛ける。

「はい、ご迷惑をお掛けしました……」

 彼女は薄っすら笑顔を浮かべて、頭を下げた。もう大丈夫だろう。

「世話が焼けるわねー。もうちょっと考えて、行動してほしいわ!」

「反省しています……。本当にごめんなさい!」

「もういいよ。ところで君は、私達の正体を知ってしまっただろう?」

 彼女になら私達の全てを話しても……、構わないだろう。

「ええっと……、話が難しくてさっぱり解りませんでした。ルナさんは、『ダテンシ』だと言う事ぐらしか。『ダテンシ』と言うのは、何処かの国の事ですか?」

 首を傾げるフィーネ。そうだな、確かに背景となる情報が少な過ぎる。

「ははっ……。今から説明するよ」

 私は、自分が天界から堕ちた天使だという事、私とリバレスの関係、天界での日々から話し始めた。そして天界、人間界、獄界の成り立ちについて語る。だが、人間が魔の脅威に晒される理由は話せなかった。彼女が神や天界、否、私達を憎むかも知れないと思ったからだ。

「驚きました! あなたが天使様だなんて」

 彼女は恍惚(こうこつ)としている。少し胸が痛む。

「止めろよ。私はそんなに尊敬される存在じゃない。他の天使達も同じだ」

「でも、天使様って本当に居たんですね! 神様も。それなら、この世界も直ぐに平和になりますよね!」

 神が人間を中界に創ったから、君達は苦しまなければならないんだ。心の中で謝る。

「そうだな、平和はきっと訪れる」

 気休めだ。私が幾ら魔を倒しても、魔の侵攻は止まらない。それに私は二百年で天界に帰る。だが彼女の笑顔を見ていると、そう言うしか無かった。

「頑張りましょうねっ、ルナさん!」

 フィーネが私の手を取る。いつもはひんやりしているのに、温かい。今まで以上に、彼女の力になろう。私は、そう決意した。

 

 火を囲んで、フィーネの料理を食べる。話に花が咲いた。争いの無い世界、誰にも脅かされず、いつまでも話が出来る夜。それを私が実現させられたら……

 私は、エファロード。それが何かは解らないが、もっと私に力があれば。

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