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 そう言うと、リバレスは「ウンウン」と頷いてすぐに眠ってしまった。私も眠ろう。天界での夜は200年後まで訪れない。

 

 窓からは、月と眩い星々が見える。

 それよりも気掛かりだったのは、窓辺にある私が育てているルナ草だった。

 私は、その白い花を咲かせているルナ草を『保護』の神術で包み込み、窓から外に向けて放った。花はゆっくりと夜空に吸い込まれていく。

 この術が解けるころには、花は大地へと再び降り立ち咲き誇ることだろう。

 

 少し寂しい気持ちになったが、これで200年間天界に思い残す事は無い。

 私は、吸い込まれるようにベッドで眠り就いたのだった。

 

〜堕天の時〜

 時刻は午前8時。私達に堕天の刑が執行されるまであと1時間。私達はそれより1時間以上前に起きて身支度を整えていた。

 身支度と言っても大したものでは無いが、200年間人間界で暮らす為に最低限の物は用意した。衣服や小道具、そしてリバレス用のESG、更に本の類。

 此処で、何故私の為のESGが無いかというと、『堕天の刑』は受刑者がESGを摂取することを禁じているからだ。私が人間界で生きる為には、人間が食べる粗末な物を摂取しなければならない。それについては、不安だが仕方が無いだろう。

 もう一つ禁じられている物がある。それは武器だ。天界の武器を人間界で使用すると、余りの破壊力で人間達を滅ぼしてしまう恐れがあるからだ。

 人間の生死など、私達『天使』には知った事ではないが、それでも人間は神が創ったものであることには変わり無い。少しは尊重しておこう。

 それに、武器があろうが無かろうが大した問題では無い。私の力の90%が封じられても人間の数百倍はある。たかだか200年生活する上では心配無いだろう。

 それより、忘れてはならない何より大切な物は『天使の指輪』だ。これは、全ての天使がその存在の証として生まれた時から持っている物で、失えば天使として認められなくなる。だから、例外無く私の右手中指には指輪が光っている。

 これで、用意は済んだ。

「はぁぁ、やっぱり堕天直前ともなると憂鬱ねー!」

 リバレスは昨日に続き、深い溜息を漏らした。

「そうだな、でも今更幾ら嘆いても仕方無いさ。今まで通り頼りにしてるからな」

 私は彼女の頭をポンポンと優しく叩きながらそう言った。すると、彼女の顔はすぐに綻んだ。

「はーい、頼りにされます!」

 本当に素直ないい奴だ。私達は灯りを消して、長い時間慣れ親しんだ部屋を後にした。

 

 再びこの部屋のドアを開けるのは200年後だ。

 

 そう思うと少し胸が締め付けられたが、私達は前に進むしか無い。

「行くぞ、リバレス!」

 私の横で宙を舞っているリバレスに声をかけた。

「ルナ、解ったー!」

 

 こうして、私達は刑を受ける為に裁判所へと向かった。

 途中、道行く天使には声をかけられ励まされ、賞賛の嵐を浴びた。皆の表情は活気に満ち溢れていた。

 ようやく束縛された世界から解放されて、自由に生を謳歌できるのだ。これ程嬉しい事は無いだろう。そして、そのきっかけを作れた私も喜びで一杯だった。

 歓喜が渦巻く中、私達は堂々と裁判所へと歩いていった。これ程喜ばれた罪人は、今までいなかったに違いない。

 

 8時45分。昨日の戦いの傷跡が酷く残る裁判所へと到着した。

「ルナ!昨日は本当に悪かった!お前を助けたい一心だったんだ!」

 裁判所で真っ先に話しかけてきたのはセルファスだった。その必死の表情から、彼の深い反省が伺えた。

「セルファス、気にするな。昨日の偽の弁護には驚いたが、恨んではいない。私の身を案じてやった事ぐらい解ってる」

 私は出来るだけ優しくそう言い聞かせた。彼はその言葉を聞くや否や泣き出した。

「うおぉぉ!すまねぇ、ルナ!200年後に元気で帰ってくるのを心待ちにしてるからな!」

「ああ。必ず元気に戻ってくるさ」

 私は力強く返事をし、セルファスの肩を叩き横を通り過ぎた。彼にはこれ以上の言葉は必要ない。私を理解している友だからだ。

 その後にはノレッジを見つけた。こいつの心の醜さ、いや弱さを私は知っている。彼は私に見付からないようにしているのか、壁を向いて私に背を向けていた。彼は心の弱い天使だから、罪悪感を持っているのだろうか?

 しかし、今は別にノレッジを憎んではいない。私は、心の弱さを罪に問える程立派な天使では無いからだ。私だって心の弱さを持っている。

「ノレッジ!私がいない200年間、成績トップで頑張れよ!」

 その言葉に、ノレッジは一瞬私の顔を悲しそうに見て去っていった。やはり友としての心を忘れてはいなかったのだろう。

 そして、私は裁判所中央の処刑台の下まできた。すると、深い悲しみを湛えた女天使が走り寄ってきた。

「ルナ!200年後のあなたの返事待ってるから!きっといい返事を!」

 ジュディアの顔にはまだ涙の跡が残っていた。その表情と言葉には、私への悲壮なまでの想いが感じられる。

「……200年間ゆっくり考えとくよ」

 それでも、私は無難な言葉を選んだ。優しい言葉をかけるのは簡単だ。しかし、完全に想いを受け入れるのは容易ではない。

「私は、200年間あなたを待つけど、その間に人間の女なんかに毒されたら駄目よ!それだけは絶対許さないから!」

 彼女は声を荒げた。私の心が、人間如きに奪われるのを危惧しているのか?馬鹿馬鹿しい……

「ジュディア、心配しなくてもそれだけはない。人間に毒される程堕ちてはいないさ」

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